市川崑の金田一耕助シリーズ    Trouble with Kindaichi

 ちょうど昨年(2012年)の今頃、CSの日本映画専門チャンネルで市川崑監督の特集放映があり、そこで同監督の十八番というべき、石坂浩二主演の金田一耕助シリーズが連続放映されていました。いわゆる1970年代の“横溝正史”ブームの発火点たる『犬神家の一族』から『病院坂の首縊りの家』までの昭和の第1期(1976~1979年)、その後の『八つ墓村』(平成8=1996年)とセルフリメイクの最終作『犬神家の一族』(平成18=2006年)はシリーズというより単発作品という感じですが、ここをまとめて第2期、または平成版としてもいいかと思います。

 このシリーズはもう何度も見ており、事件の展開も犯人も知り尽くしているのですが、何故か見てしまいます……面白いから。で、見れば見たで、また新たな発見があるのです。
 シリーズ中どれが一番かというと、作品の質的からいっても、まとまりの良さからいっても、また殺し場の見せ方においてもやはり第1作目の『犬神家の一族』(昭和51=1976年)にトドメを刺します。市川崑ならではのケレン味たっぷりの映像表現が観客を圧倒的し、しかもお洒落で繋がりも良い。最近でも、どこかの車のCMで大野雄二さん作曲のテーマ曲「愛のテーマ」が使われていましたね、音楽もそれくらい有名です。

 第2作『悪魔の手毬唄』 (昭和52=1977年)は、物語が複雑なのと登場人物が多いのでその処理に追われ(それはどの横溝作品にも言えますが)、各シーンがパッパッパッと余裕なく進行し、ちょっと舌っ足らずにすら思えるところがある。つまりシークエンスの前後の余韻が少々足りないのです。ゆえに全体的に浅く感じられ、時には紙芝居っぽい感じにすら思える。
 しかし、そうしたシーン展開のめまぐるしさがあっても前作を上回っているのは、謎の連続殺人の本筋に併走した、岸恵子と若山富三郎の悲恋にある。岸恵子は、田舎の温泉宿の女将・青池リカに扮し、地味なまかない姿や割烹着で出て来るのだが、もうこんなに色っぽい女はいない、と思うようなセクシーさである。普通、どんなにきれいな女優でも、モンペを履いた田舎のおばさん姿になると、かなり老けて見劣りしてしまうものだが、岸恵子はそうはならない。逆に不思議と尖った色香が漂ってくる。
 ちょっと手元にその文献(当時の「キネマ旬報」)がないから、不確かですが、後の『細雪』 (昭和58=1983年)で初めて市川作品に出た吉永小百合が、岸恵子みたいに和服を着てみたい、というような事を言ったとか。岸の着方は、和服を前でラフに合わせ、裾の後ろがザックリ開いた感じになっていて、それは女郎の着方なんだ、とかそういう内容だったように記憶しているのですが(そう解説していたのは市川監督か、もしくは質問者の淀川長治さんだったかも)、『悪魔~』で岸恵子はそういう着方をしてないのだけれど、襟元にはいい色気がありますね。

 一方、その青池リカを慕うベテラン警部・磯川役の若山富三郎がこれまた渋い演技でもって唸ってしまう。彼が当時、フィールドとしていた東映ではついぞ見られない、奥の深い慈愛にみちた表情を見せ、ちょっと名優の域である。
 殺人事件が連続するという異常な状況下で、リカと磯川、この二人の距離感が縮まっていくようで、そうはならない。というか、これは磯川警部の一方的な片思いであって、この愚直な中年男の思慕が事件の推移と共にリカとスレ違っていくところが切ないのである。この切ない一点だけは『犬神家の一族』も敵わない。どうしようもなく暗い音楽もいい。

 有名な総社駅のホームにおけるラストシーン--金田一耕助と磯川警部の別れ--にいたっては、何も言うことはありません。列車の戸口に立つ金田一と磯川警部が別れの会話を交わす。磯川警部の後ろ姿が何度か映りますが、この丸い背中にいい情感が出ています。“背中”について昭和の大女優・田中絹代はこう言ってます。

 …(略)…絶えず背中の演技ですよ。それが映画というものの基本だったのです。映画演技は背中にあるとよく言われますが、その演技はなかなかできるものじゃないんです。
  (田中絹代、聞き手・滝沢一『INTERVIEW 映画の青春』京都府京都博物館編、キネマ旬報社)


 若山富三郎は、この後、木下恵介監督の『衝動殺人 息子よ』 (昭和54=1979年)やNHKのドラマ『ドラマ人間模様 事件』 (昭和53~59年)の好演で、それまでのアクション・スター(正確に言うならヤクザ映画のゴロツキ親分役)を脱皮し、仰ぎ見るような本物の名優になっていくのですが、その萌芽はこのホームのシーンにあり。チビたタバコを指でつまんで、まるで煙管を持つような感じで口に持っていく仕草には、初老官吏のいじましさと滑稽味があって、なんとも味がありました。

 あと、事件の背景に、サイレントからトーキーに移り変わる映画界の激変があって、洋画にスーパーインポーズ(字幕) が採用されて、それまで映画スター並みに人気があって花形的な存在だった活動写真(映画)の弁士、いわゆる活弁(サイレント映画の解説者)が廃業に追い込まれるという映画史的情況を描くために、スーパーが初めてつけられた映画『モロッコ』 (昭和5=1930年)の一場面が出て来ます。この挿入の仕方がたまんない。どこかモダンでお洒落で……こういうのをやらせると市川崑は“巧い”。この点では、黒澤明も木下恵介も市川崑に一歩も二歩も譲るような、“旨さ”があります。


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ボヤケの謎--第3作『獄門島』    Trouble with “BOYAKE”

 第3作目の『獄門島』 (昭和53=1978年)は、市川“金田一”ミステリーの中では異色な位置にあります。まず南国風のムードが珍しい。孤島を舞台にしていて、陽気な開放感がある。横溝モノっていうと、大体、信州の奥深い山奥とか、岡山のあたりの鄙びた山地や盆地が出て来て、「家」とか「血筋」を重んじる因習深くて閉鎖的な村というのが舞台なのに、『獄門島』はちょっと観光旅行のような気分がある。
 もちろん、ここでも事件の核心にあるのは、血筋(手込め、近親相姦といったインモラルな色恋)や跡取りの問題なんですが……ただ、ジャズ野郎が言いたいのはストーリーの事じゃなくて撮影についてです。

 オープニング・タイトルが終わって、金田一が船着き場にくる。その一連のカットはおそらく長焦点の望遠レンズで撮られてるんです。ところがこの望遠ショット、どうも画面の真ん中に焦点のボヤケる部分が出来ている。
 何度も見ていて、今まではこれを市川崑ならではの「効果」(狙い)だと思っていましたが、本当にそうなんだろうか、どうもそうじゃないみたい。
 というのは、その望遠レンズで撮ったカットにだけその円形のボヤケが出てて、中・短焦点のレンズで撮った「寄り」のカットには、そんなボヤケは出ていない……つまり望遠レンズで撮った映像にも本当はその円形のボヤケは出るはずじゃなかったのでは? その長焦点と短焦点のカットが交互に出て来るときに、その円形のボヤケがやけに目立つので、気になってしまうわけです。

 そこで、「コレはきっと、キャメラマン(名手・長谷川清。ジャズ野郎はこの人の映像が好きでして、市川崑はこのキャメラマンがいたからこそ、ああいうビジュアル先行の金田一シリーズを撮れたんだ、とさえ思ってます)が使った望遠レンズがイカレてたんだ」と考えたわけです。

 さらに、そう思って見ていくとこの映画の設定は夏、だから空はピーカン(青天)で青く澄み渡り、海も青々としてる……と思いきや、意外に暗いんですよね。そんなに晴れてない。晴れてない日に無理して撮ってる。なぜ無理に撮ったのか、それはリテイクだからではないでしょうか。封切りに間に合わせるために、曇天だったが無理して撮ったと……。
 それとも、その年の夏は天候不順で晴れた日が少なかった、ということかもしれません。『獄門島』の公開は昭和53年8月末ですから、ロケはきっと6、7月といったところでしょう。この時、ジャズ野郎は中学3年ですが、その年の夏はどうだったかなぁ…?
 さらに本来ロケで撮るべき、真犯人に繋がる凶器を金田一が拾うなどといった重要なアウトドアのシーンが割りとセットで撮られている。

 市川崑はロケ嫌いなのか? 

 例えば、サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコックはロケーションが嫌いな監督として有名で、ロケ先では外景だけを撮ってきて、それをセットで映写し、その前で俳優に演技させて自分の思い通りの画を撮る、といったスクリーン・プロセスをよく使います。俳優もロケ地に行っているのだから、後でセットでアップなんか撮らず、ロケ先で一括して撮ってしまえばいいものを、わざわざそういう事をする。
 ヒッチコックの場合は、コンテがすべてでそのコンテを(彼の頭の中で)ピチッと配置しないと“ヒッチコック・サスペンス(サスペンスの計算)”が成立しない。だから1点1点のカット(構図)が最重要になるわけで、それゆえ狙い通りの構図を確実にシュートするためにロケシーンの撮影をセットに持ち込むのだ、とジャズ野郎は考えるのですが、いくら市川崑がリテイク好きでも『獄門島』の場合は、どうも違う気がします。

 『獄門島』のリテイクは同じリテイクでも、“一度撮影してみたが何かの事情で使えなかった、だから再度撮り直した”という気がするのです。

 そんなふうに勘ぐって映画全体を見ていったら、照明が合ってなかったり、同じロケシーンでも「晴れ」「曇り」のカットが交互に出てきたりする。
 だから、「これは持参した望遠レンズであらかた撮ったんだけど、ラッシュ(編集前の撮ったまんまのフィルム)を見たら映像の真ん中にボヤケがあって、これじゃ使い物にならない、ってんでリテイクした」と読んだ次第。

 だからすごく苦労して撮ってるわけですよね。 


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謎のボヤケはハレーション?

 ただし先の【ボヤケの謎】で書いた「獄門島リテイク説」は、自分で提起しておいて何ですが、まったく当てにはなりません。というのは、この中央がボケやた望遠レンズでの映像は、この後の金田一シリーズにも出てくるからです(!)。もしも、このボヤケが入った望遠レンズの画がNGだったなら、二度と出てこないハズですが、これがちょいちょい顔を出してくる。

 特に、金田一シリーズ第1期の最終第5作『病院坂の首縊りの家』(昭和54=1979年)では、題名の“病院坂”という長い坂道(東宝砧撮影所がある成城のそばの岡本町で撮影)をテクテクと上り下りする金田一耕助やそこを下ってくる人力車を捉えた超ロング・ショット等において、そのボヤケが散見できます。だからこれはもう“わざと”このボヤケ・カットを使っている事が明白、ゆえにこれは“効果”なのでしょう。

 余談ですが、ジャズ野郎も学生時代に16㎜の自主映画を撮った経験がありまして、その時、セットの芝居を望遠レンズで撮るという黒澤作品の“故事”に倣って、わざわざ望遠レンズをもってきて外景シーンを撮った事がありますが、確かに“長い玉(長焦点レンズ)”を使うと中央あたりがややボヤけたような記憶もあります。だからボヤケは望遠レンズの特性なのかもしれませんけれど……ただ私めの場合は、撮ったキャメラマンの腕が悪かったからだろう、と今も思ってますが。いや、あれはもしかすると、ハレーションが入り込んだのかも……とすると『獄門島』や『病院坂の首縊りの家』のボヤケもハレーションか。

 いずれにしても、監督の市川さん、撮影した長谷川清さんも亡くなってますから、ここのところを確認できないのが残念です。市川崑関連の書物も漁って調べていますが、なかなかそこまでは書いてない。どうでもいいといえば、どうでもいい部分ではありますが…。

 誰かご存知ならば、教えて下さい。
              ↓
              ↓
※ とかつて書きましたが、最近読んだ 『映画撮影とは何だ』(平凡社) の 映画キャメラマン・五十畑幸勇 へのインタビューの中にこの答えと思しい記述がありました。以下に。

〔市川監督は〕 望遠が好きで、フル・ショットで撮ります。その時の人物の配置が絶妙なのですね。望遠レンズの被写界深度に入っていればパン・フォーカスに近くなり、黒澤さんはそのままカチッと撮り、ハイキーに近い映像が好きですが、市川さんの場合、絞らずに前後をボカす。開放にして柔らかく軟調で撮る。
  (『映画撮影とは何か キャメラマン四○人の証言』 山口猛・編、監修・佐々木原保志、平凡社)

〝市川さんの場合、絞らずに前後をボカす〟・・・というわけで、ジャズ野郎が気になっていたボヤケは、効果、つまりわざとああいう画面を好んで入れていた、という事のようです。永らく市川組付きで『おはん』で撮影監督としてデビューし、以後の市川作品を担当した五十畑キャメラマンの証言だから、間違いない、でしょう。


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『女王蜂』のスプリット・スクリーン

 第4作目の『女王蜂』 (昭和53=1978年)を初めて見た時--「凄い! 市川崑って天才だ」と感嘆した。何に感嘆したかというと、劇中に登場するスプリット・スクリーンにビックリしたのです。

 スプリット・スクリーンとは、一つの画面の中に複数の画面が現れる、または一つの画面が複数の画面に分かれていく“画面分割”の技法で、最近ではジャック・バウワー(キーファー・サザーランド)が活躍するアメリカのテレビドラマ『24-Twenty Four』(2001-2010年)の影響か、映画やテレビでよく見かけるようになりました。でも『24』のように、のべつまくなしに分割画面が登場し、しかもそれぞれの画面で主役、脇役、その他のドラマが進行するのを同時で見せられると疲れてしまう。見てて疲れるのは3D映画だけで沢山、目を大事にしたいジャズ野郎はだからゲームもひかえています。こうしてブログを打っててもパソコンでブルーライトにやられるくらいですからね。

 お互いに目は大事にしましょう、目は命です。

 それはともかく、このスプリット・スクリーン、今でこそ珍しくありませんが、当時、中学3年のジャズ野郎にとっては『女王蜂』でのこれが初体験で、フェードアウトもワイプも知らない、いたいけな映画ファン1年生でありましたから、これを見て大層たまげて、先の少々大げさな「市川崑は天才だ」になったわけです。劇中で、2ヵ所、画面が突然パアーッとスプリット・スクリーンになって、文字通り「アッ」と思わされる。1度目は殺人が起こった時に出演者が驚きあわてる、その一人一人の顔がパパパッとスクリーンの中にずらっと表れ、あともう1回は終盤の金田一耕助による謎解きの時に……。

 ただ、これがなくとも『女王蜂』は好きですね。先の3作で犯人役を演じた高峰三枝子、岸恵子、司葉子の3人が再度顔を合わせ、仲代達矢、沖雅也、萩尾みどりなど、美男美女の共演のおかげで画が華やか。化粧品会社とのタイアップで、主題歌(智子のテーマ「愛の女王蜂」)を流したCMが公開前にオン・エアされまくって耳慣れしていて観る前から親近感があったし、加藤武の等々力警部が劇中で言う「時計にミステリー」はCMの宣伝コピー“唇にミステリー”(商品は口紅)に引っかけたものだったりして、そういうお遊びも面白かった。
 例によってお話は復讐に遺産相続、隠し子などが絡むドロドロしたもので、また例によって原作を改変しているので事件展開がややっこしくて少々もたれるのですが、これまた例によって金田一と“よお~し、判った!”の等々力警部が言葉を交わすエンディングが爽やかで、後味がよい。

 この映画は後味だけでなく、市川崑お得意のオープニングもいいですよね。もしかしたら金田一シリーズ中、一番いいかもしれない。殺人事件とその発端を描いたかなり長いアヴァン・タイトルがあって、突然バーンとテーマ曲が流れて「女王蜂」と出るのですが、その白抜き文字の黒タイトルの後、昔懐かしいボンネット・バスに揺られて金田一がやってくる。バスが伊豆の山峡を走る点景の中に、黒バックのクレジットが出る、それも市川監督お気に入りのジグザグに配置された明朝体で! 全体的にのどかで、しかもこれからオッカナイ事が起こるぞという予感のある中を、金田一耕助がお気楽な顔でやってくるあたりの軽快感はちょっとない。田辺信一のテーマ曲も観客の見る気をそそるサスペンスフルな旋律で、前3作のテーマ曲に劣らない。

 玉に瑕なのはヒロイン・智子役の中居貴恵でしょうかね。多くの男が奪取しようと群がる、遺産継承者の絶世の美女には、どうも……美醜については様々なご意見もあろうかと思いますが、少なくとも“群がるタイプ”ではないように思えますが。


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トレードマークの“烙印”探しこそが愉しい!

 『女王蜂』でスプリット・スクリーンを初体験した、と書きましたが、このスプリット・スクリーンを最も巧く使ったのは、ロバート・アルドリッチ監督じゃないでしょうか。少なくともジャズ野郎が識る監督ではそうです。アルドリッチは『24』みたいにのべつまくなしにコレを使わない。彼は自分の映画の中の、どこかで必ずコレを仕掛けるのですが、それをコッチの思いもよらないところで出してくる。「オッ、ココで出すのか!」てな驚きと興奮と、そしてそれを共有する愉しみが、この画面分割が出た時に一瞬にして沸き上がる。コレですよね、こういう粋な使い方をしないとダメです。

 アルドリッチ監督の『ロンゲスト・ヤード』(1974年)ではアメリカン・フットボールの試合がクライマックスにあって、ここでは一度に拠らず何度もスプリット・スクリーンやワイプ(画面を右から左、左から右にぬぐい取るように変える技法)、アイリス(その画面をだんだん丸く消したり、出したりする技法。*1)などを使い廻してますが、これは試合を面白くみせるための大サービスの使い方です。通常は劇中に1回、もしくは2回ほどポンと出す。 『北国の帝王』(1973年)では汽車タダ乗りの“帝王”であるナンバーワン(役名)が、「他のタダ乗りのエースと対決する!」という特ダネがタダ乗りホーボー(不況下の放浪者)たちに知らされる電信をうつシーンで、『飛べ!フェニックス』(1965年)では砂漠で死にかけた男達が「助かったァーーッ!」と歓喜に狂うエンディングで出ます。このスプリットが出てくると、理屈抜きに嬉しい。

 コレ、アルドリッチ監督の場合はスプリット・スクリーンですが、サム・ペキンパー監督の場合だとスローモーションって事になる。『ワイルドバンチ』(1969年)では有名なラストの大銃撃戦のみならず、オープニングの銀行襲撃シーンその他でスローをやりまくってますが、これも本当は映画の中の何カ所かで使ってみせるのが定法で、このスローモーション(大体、銃をブッ放すようなアクション・シーンでよく見られますが)が出ると、「あー、ペキンパーの映画だな」ってな感じで心が踊る。だからこうしたお決まりな描写やテクニックというのは、会社の屋号やトレードマークと一緒で、その監督のトレードマーク、“オレの作品だぜぇ~”という“刻印”ってワケです。

 市川崑の場合、その“刻印”は何か? 金田一シリーズでは、
殺人シーンでよく用いられるガラスを滴り落ちる血をドギツい色彩でみせる画面や、
回想シーンなどで使う白黒のコントラストを強調したモノクロ映像、
加えて前述のスプリット画面、
明朝体の文字を配したクレジット・タイトル--
 などと数多くありますから、それらは「1社に1つ」が原則のトレードマークの定義からすれば、もはや刻印とは呼べないかもしれません。

 でも敢えて一つあげると“襖”でしょう。それは金田一シリーズに限らず、そのずっと前の大映時代の『鍵』(昭和34=1959年)や『ぼんち』(昭和35=1960年)あたりから出て来ます。
 着物を着た妻や女中が日本間やお座敷を下がる時、ピタンと閉めた襖に着物の裾が挟まって、チョコンと飛び出る。やや間があって、この裾がピュッと引っぱられて見えなくなる--この描写を市川監督は必ずやる。ココが愉しい!
 コレ、秀麗な映像美とテクニックで鳴らした名匠・吉村公三郎監督なら、同じ襖でも襖を手では閉めず、開いた襖を女が脚を伸ばして閉める、というはしたなくも艶めかしいシーンになる。
 また日本映画の大巨匠・溝口健二に言わせれば、襖を男が後ろ手で閉めたら、それはその座敷にいる女を押し倒す“手込め”の暗示だ、というのですが、“襖”ひとつでもいろいろあるものです。

 映画に出てくる監督のトレードマーク-刻印-に注目しましょう。


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『 ラストシーンの余韻 』 発売中!
映画ライター・高村英次、初の書き下ろし長編 『 ラストシーンの余韻 酒乱と失態、女難と頑迷、監督・溝口健二の狂おしき人生 』

高村英次

Author:高村英次
電子書籍版はアマゾン Kindleストア 及び 楽天ブックスから、紙の書籍版は製本直送.comより発売。直近の各コラムの末尾にある発売告知から販売サイトに遷移、またはポップアップ画面が出ますので、そこで購入できます。 

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