新作プレビュー  『 ジャージー・ボーイズ 』  < 後篇 >

◆ スターが監督したミュージシャン映画は〝買い〟

                       ザ・フォーシーズンズ
                       ▲ 人気絶頂のザ・フォーシーズンズ
        (C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC ENTERTAINMENT


 実はこの作品は、ダイアナ・ロスとシュープリームスをミュージカル化した(そして映画化された) 『ドリームガールズ』 (2006、ビル・コンドン監督)同様、もともとはブロードウェイでヒットした舞台ミュージカル
 『ドリームガールズ』もそうだったけど、主役の女性3人のドラマがヒット・チューンをバックに描かれるから、個々のドラマ(葛藤)が割りとあっさりしてたのは否めなかったけれど、それにならってか、こちら『ジャージー・ボーイズ』の場合も、ザ・フォーシーズンズが売れる前のゴタゴタやグループ内での嫉妬に満ちた人間関係など葛藤がスル~と流されて描かれている気が・・・。

 そうした部分がいつものイーストウッド(作品)らしくない、とは思ったんですがね。

 でもこの題材がブロードウェイのミュージカルだったと知って、そうか、それでその台本のまんま撮ってるんだな、とナットクしましたが(と、こう書くと、ミュージカルの台本=ドラマが安いっぽいように感じる人もいるかもしれませんが、そうじゃありません。いわゆる歌と踊りがメインだから、そのシンギング&ダンシングシーンの <高揚感> のおかげで劇 <シリアスドラマ> として構成が弱まる、って事です)

 加えて、〝こうしたオールディーズのポップスをフィーチャーしたミュージカルをイーストウッドが映画にした事がビックリだ〟 ってのは <前編> でも書きましたけど、要するにミーハー感の強い、往年のアイドル・グル-プの伝記モノなんぞををよく取り上げた、よくぞ監督したな、ってとこがビックリなんです。

 なんか、ちょっと、今までのイーストウッドらしくない。

 でも、映画スターが監督する音楽映画、特にミュージシャンを主役にした伝記モノ風のミュージカルってのは、割りと佳作になっている。ザ・ビートルズを模したと思われる4人組バンドのサクセス・ストーリーで トム・ハンクス が監督した 『すべてをあなたに』 (1996)や、ケヴィン・スペイシー監督によるの往年のポップシンガー、ボビー・ダーリン をリスペクトした 『ビヨンド the シー ~夢見るように歌えば~』 (2004)など。
 
 だから、イーストウッド映画のファンも、ファンでもない人も、気軽な気持ちで楽しんで見ることをお勧めします。


 ジャズ野郎などは--
「コレって60年代の話なんだな、じゃアレが出て来るんじゃないか・・・」
 なんて当たりを付けて見ていたら、ホントに出て来たので、それだけで嬉しくなりました。アレってのいうのは、ちょっとしたお祭りやイベント会場に出て来る〝出店〟で、ポップコーンを作って売るレトロな感じの〝ポップコーン・ワゴン〟。コレ、よく40・50年代、いやもっと前の時代もかな、その頃のアメリカのローカルなフェスティバルや遊園地なんかに必ず出て来る。
 この『ジャージー・ボーイズ』では、彼らが売れ始めた頃に、地方の野外ステージみたいなところで演奏するシーンに登場します。ホンの一瞬、画面の端っこにチラっと映るんですが、何故、ジャズ野郎がコレにこだわるかというと、我が家の近所にある輸入雑貨の店先にこのポップコーン・ワゴン(下の写真)が置いてあるからで、
「コレ、きっと映画に出て来るゾ」と思って、前から気にしてた。
 そうしたら、それがまんまと出て来たもんなー・・・もう、それだけで、嬉しかった。

ポップコーン・ワゴン
▲ 近くの輸入雑貨屋の前に置いてあるポップコーン・ワゴン   (c)ジャズ野郎
  2014年当時はここに置いてあったワゴンも、雑貨店の閉鎖とともに姿を消して
  今、現地にこのワゴンない。

 そうした極私的な思い入れも含めまして、今回のイーストウッド作品は心に残る、忘れられないものとなりました。もしかしたらジャズめは、イーストウッドの映画に感動したのではなくて、「君の瞳に恋してる」という名曲の由来が映画で描かれた事や、馴染みの〝ポップコーン・ワゴン〟が出て来た事に感動しているだけかもしれない。

                ま、それならそれでもいいでしょう。

しかし、やはりクリント・イーストウッドの映画に、その 映画魂 に感動した、ってのも事実です。これもあまり書きたくないのですが、映画が終盤にさしかかり、
「ああ、もう終わるな。エンディングだな」なんて思っても、ウカツに席を立たぬように。
 実はこの後に、今回、ジャズめが感極まったシーンが出て来るのです。
 いいですか、終劇(おわる)の予感を感じても、
                ユメユメ、席を立ってはなりませんゾ。

            ココにこそ、この映画の一番オイシイ瞬間が待っている。

 イラストレーターで映画クリテックよりも映画に詳しく、『麻雀放浪記』(1984)や『怪盗ルビー』(1989)など映画の監督も手がけている、映画マニアの 和田誠 さんが自著のタイトルに冠した、映画 『ジョルスン物語』 (そして世界初のトーキー作品 『ジャズ・シンガー』 )の名ゼリフに倣って言えば、こうなる。


         〝 You Ain't Heard Nothin' Yet!--お楽しみはこれからだ ! 〟


■ 9月27日より東京・丸の内ピカデリー、札幌シネマフロンティアほかにて
                   全国ロードショー  配給:ワーナー・ブラザース映画 ■


※ 映画 『ジャージー・ボーイズ』 日本版ホームページ:http://wwws.warnerbros.co.jp/jerseyboys/


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >





スポンサーサイト

映画の語り部・淀川さんの想い出 < その12 >

◆ 観客が淀川さん一人の「淀川試写会」  <前篇>  

 また淀川さんの話に戻ります--。

 〝淀長さんが怒った〟なんていう珍しいシーンを、高校時代に目撃したジャズ野郎ですが、それを見ても--

「あー、淀長さんて、いつもは善い人ぶってるけど、結構、キツイ人なんだ。嫌なオッサンなんだ」
 などといった悪い感情は持たなかった。

 その時はとにかく、そのヘンな女がワーワー騒ぎ出して淀川さんを質問責めにしたわけで、
「あれじゃ、誰でも怒るよ」
 といった感想しか持たず、その後も 「日曜洋画劇場」 『淀川長治ラジオ名画劇場』 (コレについては2013年3月20日アップの【淀川さんの『ラジオ名画劇場』】で紹介)を続けて視聴、愛聴しました。

 大学入学を機に上京し、卒業後も東京をウロウロしているうちにひょんなことから試写会に呼んで貰えるようになり、各映画社の試写室で、しばしば淀川さんの姿をお見掛けし、時には同じで試写室で見たこともありましたが、座席を並べて隣り合わせて一緒に見た、って記憶はない。

 〝座席を並べて隣り合わせて一緒に見た、って記憶はない〟って、そりゃ当たり前なんだ。
 何故なら、淀川さんは(いつもじゃないだろうけど)大体、試写をお一人でご覧になっていたから。
 聞いたところによると、淀川さんは業界随一のMVPだから、海外から新しい映画が入ってきて初めての試写をやる時、または新作の邦画作品の試写をやるって場合は、特別に淀川さんを招待してお一人で観てもらっていた、という。

 つまり、淀川さんの、淀川さんによる、淀川さんのためのスクリーニング(試写会) ってわけです。     〔続く〕


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >





映画の語り部・淀川さんの想い出 < その13 >

◆ 観客が淀川さん一人の「淀川試写会」  <後篇> 

 ジャズめはせっかちなんで、試写会でも私的に映画を観る時でも、開始の30分前には劇場に行ってないと落ち着けないタイプだってのは前にも書きましたが、そんな調子で、試写会場には30分前には行って、トイレに行ったり、自販機で買ったお茶を飲んだりして待機してるんですが、30分前なんて誰も来てないわけですよ。
 なのに、時々、マスコミ試写をやってなかったハズの試写室から、その閉じられた扉からヒョイと出てきた淀川さんと出くわす、ということが何度かあった。

「アレ、今日のこの時間は何の試写もなかったハズだけど・・・何か上映してたのかな?」

 なんて奇異に思っていたのですが、宣伝部の親しい人に聞いたら、そういうことだと・・・つまり淀川さんに見て貰うために、特別に廻してるんだ、と。

 淀川さんはそれほど各映画会社に大事にされてた人だった、ってこと。

 よくラジオで--
「よく〝淀川さんの健康法は何ですか?〟なんて訊かれるんですけどね、ワタシ、何にもそれらしいこと、してないんですよ。
 ただね、夜中ね、素っ裸になってね、自分の家の庭に出て大の字になってね。
 アー、アンタ、今、イヤラシイこと考えたネ! 
 そんなこと、しませんヨ、アンタじゃないんだから。
 裸になって大の字になってね、庭に寝てね、夜空を見ながら、唄うんですよ。
 コレ、気持ちいいんですよ、アンタもやってごらんなさい」

 なんて事を言ってたと記憶するけど、横浜かどこかに御自宅があったらしいが、晩年、要するにジャズ野郎が銀座ですれ違った頃にはすでに都内のホテルに住まわれてた。ホテルから試写室通い、なんてゴージャス&リッチでいいなぁ、と憧れたけれど、(コレも聞いた話ですが)その宿泊費は各映画会社(テレビ局や出版社もかな)が持ち寄って出していた、とか。

 だから、まー、それだけの人だった、ってことですよね。そういう人、なかなかいませんよね。 〔続く〕


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >





映画の語り部・淀川さんの想い出 < その14 >

◆ 実は吝い人だった? <前篇>

 吝い ( しわい ) ・・・ つまり、吝嗇(りんしょく)、金にシビアな、という意味ですが、極めて人が良さそうにニコヤカに解説していた淀川さんがギスギスした拝金主義者だった、なんて言うと、

               エー、マジで? イメージ壊れるぅ~。

なんて思うかも知れないけれど、例えば、あるテーマ(往年のハリウッド映画やヨーロッパのスターとか)でお話を聞かせて欲しい、とか、「淀川先生にインタビューしたいんですけど」って場合、その仕事をする前に、必ずギャラをもらってから喋った、というふうにジャズ野郎は聞いてます。

 その場でお金を手渡しでもらい、それを勘定し、懐深くしまってから、
「さぁ~て、では、ジョン・フォード監督についてお話しましょう・・・」
 と話し始めるのだ、と。
 ジャズ野郎はこのことを某編集の人から聞いたのだが、最初にそれを知った時は、
「エー、そんな事、よく出来るなぁ」と辟易した・・・というか、感心しましたよ。
 だって、やっぱり仕事の前に、お金をチョーダイ、ってのは気が引ける。なんとなく金に汚いみたいに思われそうで恥ずかしいし、さもしい気もするから、ま、普通は(言いたくても)言わないもんですよね。

 でも淀川さんはそうだった、と--で、これだけ聞くと、まさに〝吝い人〟って事になるのだが、これには理由がある。
 それも長~~~~い間の嫌な記憶というか、根深い怨念といっていいようなものがあったようです。     〔続く〕

                   *****

〔お断り〕
 ココでお断りしておきますが、今回の淀川長治さんの一連の話は、ジャズ野郎が見たり聞いたりした事柄や記憶を元にして書いています。
 ですから、いつもなら『淀川長治自伝』とか、そういった各種の淀川文献をあたって正確を期するところ(期して書く)ですが、今回はそれをまったくしていません。
 ゆえに一般に知れ渡っているポピュラーな淀川さんの人物像とは違うかもしれない。
 いや、きっと違うでしょう。
 でも、だからといって間違いというわけでもないと思うんです。これは前々より映画会社の知人とか、編集者などから聞いた話(噂やゴシップの類)を元にした、ジャズ野郎ならではの「淀川長治」像ですから。
 なので、アナタが抱いている淀川像と違っていても甘受していただきたい。またこのブログ記事がアナタの淀川観にケチ(傷)をつけるような事になったとしても、寛容な気持ちで読んでいってもらいたい(とはいえ、アナタが本来抱いていた淀川さんの人物像を再考する必要はありません)。
 要は、こういう側面もあった(ようだ)、という事ですから。
 淀川長治の <正史> ではなく、あくまでも個人的な <稗史> としてお読みいただきますよう、よろしくお願いします。


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >





映画の語り部・淀川さんの想い出 < その15 >

◆ 実は吝い人だった? <後篇>

 淀川さんがそんなふうに、「ギャラを貰ってから映画の話をする」とか「インタビューなど記事のネタを提供する」ようになったのは、数え切れないほどギャラを踏み倒された苦~~~い経験のせいであると--ジャズ野郎はそう聞いています。

 つまり新聞・雑誌の紙媒体からテレビ・ラジオなどの電波、映画会社(宣伝部)からの要請など、請われて映画の話(紹介、解説、講演)をするのはいいけれど、話をし終わると、
「ハイ、淀川さん、ありがとうございました。では本日分のギャラは後日、振り込ませていただきまーす」
などと言って、コメントをもらった側(依頼者)はとっとと帰っていく。

 ところが後日、淀川さんにはちっとも金が支払われない。依頼者は、コメントをもらえばそれで用が足りちゃうから、それで満足しちゃうのか、淀川さんにギャラを支払うことを忘れちゃった、という事がよくあったそうな。

           しばしば、踏み倒された、んですな。

( こんな事を言うと、「そうかなぁ」 なんて思う人もいるかもしれませんが )そもそも-- 
「映画の話」とか「映画について語る」なんて事は(ほとんど)軽く(低く)見られているんじゃないか--
 と思いますよね(今も昔も)。

            映画の話なんて誰でもできるといった感じで。

 確かに「感想を言え」っていえば誰だって言える・・・本当は誰でも出来るわけじゃないんだけど、例えば淀川さんに限らず映画解説者・評論家っていうのは、同じ文化人の中でも例えば小説家や作家、(文芸・政治)評論家みたいな人たちよりも一段低く見られていた(時期があった)・・・んじゃないか、と思うんですよね。
 終戦後から昭和30年代前半までの日本は〝映画の黄金時代〟で、雑誌には何ページにも渡って新作映画の記事や評論が載っていたり、新聞でも毎週、映画時報みたいな欄があって大きくスペースが取られていた。そんなイイ時期は、新聞や雑誌の映画コーナーを数本担当していれば楽にメシが食えたらしい(もちろん今は違いますよ)。
 だから映画評論家や映画記者みたいな人たちがワンサといたし、扱う映画についての記事やコメント、批評(評論)の数も膨大だった。
 映画の話は市井にあふれかえっており、「映画の話をしてくれ」って言えば、それこそ「俺も、俺も」と出てきてジャンジャン話をする輩がいっぱいいた。

 となると、映画を(識ってて)語る、って事もいわば当たり前になって、その価値(有り難み)も薄れますよね。

 そんな情況がまずあって、その中で淀川さんは新聞や雑誌などの求めに応じて、幼少期(明治~大正時代)から現在までの〝観てきた映画の貴重な話〟を一生懸命、語ってあげた。にも関わらず、語ってもらった方は、そのことをコロッと忘れて、約束していた手当やギャラを支払わない(忘れてしまったのか・・・仕事でやってんだから、忘れた、って事はない。その金をネコババでもしたか、バックレてやがったんだろー・・・とジャズめは推測しますが)。

 そんな、ヤーな出来事が何度も重なった。
 だから淀川さんは、仕事に関しては マネー・ファースト になったらしい。     〔続く〕


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >





映画の語り部・淀川さんの想い出 < その16 >

◆ イジメられた過去 ・・・

 そもそも淀川さんが一般の人に広く知られるようになったのは、テレビ局が買い付けて放送したアメリカの西部劇番組 『ララミー牧場』 〔日本での放映は昭和35~38(1960-63)年、放送局はNET(現・テレビ朝日)〕 の解説をしてから、というのは有名な話。

 昭和34年(1959年)の皇太子と美智子さん(現今の天皇・皇后陛下)のご成婚以来、テレビジョンが急速に普及してきて、NHKや民放のテレビ局も増えてきたけれど、当初はみな手探りで番組を作っていたような案配で、要するに番組作りのノウハウも先行するアメリカのハウツーを学びながら行っていた。テレビ局のスタジオでドラマやバラエティを制作したが、当時はまだVTRが普及してなくて、生放送が原則。よっていろんなトラブルが発生して、先日亡くなった日テレの敏腕プロデューサー・ 井原高忠 『元祖テレビ屋大奮戦!』 (文藝春秋)小林信彦 『テレビの黄金時代』 (文藝春秋)には、その当時の苦労話がいろいろ書かれてあるけれど、そんな状態だから放送する番組のコマが足りない。

 そこで、それを補うために、洋物のドラマを買い付けて放送した。『トワイライト・ゾーン』とか『ヒッチコック劇場』、『パパはなんでも知っている』とか。

 そんな時、『ララミー牧場』って西部劇が入ってきた。西部劇は、当時の日本の視聴者の間でも映画で見ていてファンが多く、人気のジャンルだったけど、これをテレビにかけるとなると、西部劇ってのは日本の時代劇みたいに、他国の人には判りにくい約束事とか習慣があったりするから、ソレを簡単に説明する人物が必要になる。

 そこで淀川さんに白羽の矢が立った・・・とジャズ野郎は聞いてますけどね(違うかも)。最初、淀川さんはテレビなんか出たくない、と固持し続けたようだけど、説得されて出るようになり、するとあの独特の語り口が受けて、お茶の間の人気者となった。

 すると、そういう淀川さんの人気に嫉妬する輩ってのが出て来る。それは当時の日本で、映画評論の世界を牛耳っていた、いわゆる大物の批評家センセイたちだったそうで、そうした大御所というか業界のドンから、淀川さんは随分とイジメられたそうな。 つまり--

      俺たちみたいな大家を差し置いて、淀川ごときが何んで映画を解説するのだ!?

 ってわけなんでしょうね。       〔続く〕


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >


映画の語り部・淀川さんの想い出 < その17 >

◆ 男の嫉妬ほど醜悪なものはない ・・・

 嫉妬した輩ってのは、淀川さんよりも年上のベテランで、まぁ、東大とか名門大学出のインテリさんとか、大新聞社の(映画欄担当の)古手の記者とか、もともとは映画会社に所属して映画のプロデュースを担当したり、脚本を書いたりした経験をもち、その後、評論家に転身した業界の古株みたいな人たちです。

 こういう人たちが淀川さんを虐めた、辱めた。
 ある人が言うには、若い頃の淀川さんくらい虐められた人もいない、と --。

 淀川さんの映画を観てきた年季、その記憶力と教養・含蓄は恐るべきものだ、とジャズめは思いますが、淀川さんよりも先輩のインテリ堅物センセイ達は、
 「我こそは映画の博識、泰斗であ~る」
 と自惚れているから、一般の視聴者に判りやすい言葉で、『ララミー牧場』を解説する淀川さんが許せなかったらしい。
だから、寄ると触ると淀川さんの悪口を言い、書いた物を貶し・・・とエゲツナイことをしたようです。
 
 この淀川さんが虐められたって話は、ジャズ野郎が、〝神〟と崇める映画評論家の 山田宏一 さんから伺ったこと。ずっと以前、20年くらい前、幸運にもお話する機会があって、2度ほど会食を兼ねてお話を伺った時に、聞かせていただきました。

 その時、山田先生はこういった意味の事を言いました。

「 他人(ひと)を虐めるとか妬むとかっていうのは、男のやることだよ。
  そういうのは女性の専売特許だって言われるけど、違うと思うなぁ。
  そういうのはだよ。
  男の嫉妬ほど陰湿で、執念深くて、エゲツなくて ・・・ 醜悪なものってないんだ

〔続く〕


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >





映画の語り部・淀川さんの想い出 < その18 >

◆ 惚れた映画作家は見捨てない <イ>

 ついでにこの時、ジャズ野郎は山田宏一さんに前々から「?」に思っていた事を訊いてみた。それはやはり淀川さん絡みの事である。

「山田先生、ベルトルッチの 『シェルタリング・スカイ』 ってご覧になってますか?」
「見てますよ」
「アレってそんなに優れた作品でしょうか?」
「うーん、そうねぇ・・・」
「以前、淀川さんがあの映画のテレビのCMに出ました。ああいうことって今までなかったと思うんですけど、淀川さんがCMに出て力を込めて宣伝するほど、あの映画っていい映画なんでしょうか?」


 『シェルタリング・スカイ』(1990)は、『ラストエンペラー』 (1987)で米アカデミー賞9部門を独占し、各国の映画賞にも輝いたイタリアの鬼才ベルナルド・ベルトルッチ監督が、その『ラスト~』の次に発表した作品だった。『ラスト~』があまりにも大成功しちゃったので、その次回作に大きな期待がかかった。ベルトルッチ監督は3年の準備期間をもって、満を持して『シェルタリング・スカイ』を発表したが、第二次大戦下の動乱の満州(中国東北部)を舞台にした激動のスペクタクル近代史『ラストエンペラー』とは180度違う、倦怠期にある夫婦の心理、相克を描いた、地味~~な旅行記であり、その評価にも賛否があった。

 ジャズ野郎も公開当時、この作品を試写(平成3年=1991年)で見た。その頃、スポーツ紙で、淀川さんがこの映画を応援するために、テレビで流れる映画のCM(宣伝)に出る、と記事を読んで、
「ヘー、新作の宣伝のためにCMに出るんだぁ。珍しいなぁ」
と思っていたら、やがて『シェルタリング・スカイ』のTVスポットに淀川さんが登場し、熱っぽく喋っている姿が流れた。

               「アー、ホントに出た!」 

  〔続く〕


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >


映画の語り部・淀川さんの想い出 < その19 >

◆ 惚れた映画作家は見捨てない <ロ>

 当時(1990年代・前半)、淀川さんはテレビ朝日系の「日曜洋画劇場」で解説をしていたから、少なくとも毎週1度はテレビに登場していたけれど、一映画評論家として特定の新作映画を応援するためにCMに出る、っていうのは、ただ事ではない

 要するに、「コレはいい映画ですよ、みなさん観に来て下さいね」ってのを公然と宣言する事になるわけで、コレは責任重大であり、映画評論家としては諸刃の剣となる。だって、淀川さんが良いと言っても、観た人が「悪い」とか「良くない」と否定的に感じたら、それを推奨した淀川さんの見識にかかわってくる。

「エー、なんで、あんな映画が良いってわけ?!  淀川さんもヤキがまわったんじゃないの」
 ・・・みたいな批判も起こりかねない。ツイッター、フェイスブック全盛のネット社会の現在であれば、なおさらでしょう。
 批判はバッシングに転じて、炎上、炎上、また炎上ってことにも・・・。

 もちろん、映画評論家や映画ライターという人達は、担当しているテレビや雑誌・新聞なんかで、新作映画を紹介&解説する場合、
      「私、この映画、イイと思います」
ってな意思表示を(それとなく)しているわけですけど、一映画会社( この時は、今はなき洋画配給の松竹富士 )の一公開作品を、それをPRするテレビのスポットCMに出て褒める(宣伝する)、というのは、よっぽど腹(覚悟)を決めた上でなきゃ、出来ないハズ・・・。
 とはいえ、それまでにも、新作映画のテレビCMに出て宣伝に加担する、映画評論家のっていましたけどね、誰とは言いませんが。

 でも淀川さんの場合は、いわば映画業界の長(長老)であり、高名な映画評論家だから、余計、沽券に関わるんじゃないのかなあ、と危惧したが、聞くところによれば、淀川さんは自ら進んで『シェルタリング・スカイ』のTVCMに出た、という。

 何故だろう? 
 そんなに 『シェルタリング・スカイ』 っていい映画なんだろうか??
 名作なんだろうか???
                                      〔続く〕


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >





映画の語り部・淀川さんの想い出 < その20 >

◆ 惚れた映画作家は見捨てない <ハ>

 正直、ジャズ野郎には、いい映画にも、名作にも思えませんでした、 『シェルタリング・スカイ』 は。

 チビッと粗筋をば--。
 倦怠期のカップル(ジョン・マルコビッチ、デブラ・ウィンガー)が、その心の隙間を埋めるべく、汽車に乗って北アフリカ (モロッコ~タンジェール周辺) を旅する。妻に気のある若い男(キャンベル・スコット)を伴ってのその旅は、妻は夫と若い男との間で気持ちが揺れ動き、夫は夫でそういう妻の心の揺れに気づいて嫉妬心もそこそこ湧くが、かと言って若い頃のように遮二無二、女房を間男から奪おう、てな対抗心もおきてこない。そんな3人の心理描写がダラダラ~っと続くだけのロードムービーで、ベルトルッチはイタリア人だけに、ヨーロッパ映画的な悠揚迫らざる〝大人のムード〟はあったけれど、長い上に重くて、まぁ、青二才のせっかちなジャズ野郎には退屈でした。

 試写で観て以来、その後一度も見直してないから、なんだけど、初見の感想は、
「あー、なんか アントニオーニ みたいだな・・・」※1
てなとこでしたね。


 試写を見てそんなふうに思っていた時、淀川さんがこの映画を絶賛しているってのを耳にし、その証拠にテレビのCMにまで出て自ら宣伝役を買って出ている、と。
 それがどうしても解せなかったので、<イ> ( 10月17日アップ )で書いたように、この時(平成7=1995年)、 山田宏一 さんに伺ってみたのです。

 すると山田先生はこのような事を言われました。

「 『シェルタリング・スカイ』 は、僕もそれほどイイ作品だと思わなかったけど、淀川さんにはなにか心の琴線に触れるところがあったのかもしれないね。

 でも、もしかしたら、淀川さんもさほどイイとは思ってないのかもしれないよ。
 ただ、ベルトルッチが好きだから応援したかったんじゃないのかな 」

 青二才のジャズ野郎はさらに質問する。
「 はあ。僕も好きな監督は応援したいですけど、例えばお気に入りの監督が失敗作を発表した場合、今回は失敗だったな、と素直に思っちゃいます。監督の好き嫌いはともかく、作品は作品として見る、っていうのが普通なんじゃないでしょうか 」

 すると先生は、
「 そうだね。作品本位で、というところは淀川さんも同じだと思うんだ。
 でもベルナルド・ベルトリッチの映画が好きで ・・・ ベルトルッチの作風に惚れたんだね。

        惚れた監督はとことん応援するってことじゃないかな。


 だから、今回の作品があまり良くなくて、ちょっとアレだなぁ、と思っても、一度惚れた映画作家は簡単には見限らない。情が深いんだ、好きな監督には。だから--

 
         〝 惚れた映画作家は見捨てないんだよ 〟 」


 この〝 惚れた映画作家は見捨てない 〟に ガツーン ときた。 〔続く〕

※1 ミケランジェロ・アントニオーニ  1960年代に〝愛の不毛〟をテーマにした恋愛映画を作ってブームを巻き起こしたイタリアの映画監督。代表作に 『情事』 『夜』 『赤い砂漠』 などがある。


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >





映画の語り部・淀川さんの想い出 < その21 >

◆ 惚れた映画作家は見捨てない <ニ>

           〝惚れた映画作家は見捨てない〟

 ・・・そうか、そういう考え方もあるのか、とジャズ野郎はこの時、思い知りました。
 この言葉を肝に銘じながら、ちょっと考えましたよ。

 映画ファンやマニアにはそれぞれお気に入りの映画スターや監督ってのがあって、そういう人たちの出演作や監督作を観て、「あー、今回は良かった」「コレが決定版だ、代表作だ」とか「集大成だ」なんて大げさに思ったりする。その反面、逆に出来が悪かったり、もっと言えば最悪な失敗作だったりすると、その反動でスターや監督を「二度と見るかい!」てな調子で憤ったり、嫌ってしまうこともある--好きなアイドル歌手がハンサムなタレントとつき合ってる、なんてゴシップを耳にすると、途端にトサカにくるタクオさん(オタクなアイドルマニア)の心理と似たようなもんだと思うんですが、それでも悲しいかな、映画ファンってのは、
「前回ダメだったけど今回はどうかなあ・・・」
 なんて調子で、結局、映画を観に行っちゃうもの(!)。

 こんなのは他愛ない方ですが、(映画を)観るのがプロの映画評論家って人達は、上記のファンよりもっと薄情な気がする。

 例えば、1980年代の後半から90年にかけて、台湾の監督ホウ・シャオシェンが日本に紹介されて、ちょっとしたブームてのがあった。そうしたエスニックな未知(日本初紹介)な映像作家ブームってのは、
   イランの監督のアッバス・キアロスタミ監督だったり、
   イギリスのデレク・ジャーマン監督だったり、
   ロシアのセルゲイ・パラジャーノフ監督だったり・・・。

 映画スターでは、(今じゃ考えられないけど)、やはり80年代当時、ミッキー・ロークがセクシーだ、ってんで一時期、女性ファンに大人気で、ある女性評論家なんか雑誌かなんか毎号コラムかなんかを書いてた。その後、そういうイケメン狂騒曲はジョニー・デップブラッド・ピットに移っていって・・・てな案配。

 ホウ・シャオシェンの作風やキアロスタミ作品を本当にイイと思って押してるんなら問題ないんだけど、なんというのかな、

        「この日本未紹介の映画作家を売り込んでやろう」

てな 商魂 (スケベ根性) がまずあって、その映画監督に詳しく知ってる専門家だって感じで一手に握って書き散らして、オーバーに持ち上げるって人がいる。

 これは言わば、「映画」という商売(水商売)のバブルな一面でもあるのだけれど、こうした人の中には、そうしてさんざん押しておいて、持ち上げるだけ持ち上げておいて、ブームが去ったと見るや一顧だにしない輩がいる。
 結局、イイ時だけ映画監督やスターを押すだけ押して、商売しといて(稼いでおいて)、ブームが去ったら見向きもしない。その後のフォローも一切しない、薄情というか、不人情というか・・・。

 そういう輩にも言い分はあって、
「ああ、あの監督(スター、俳優)? あん時は良かったよね。でもなんだか鮮度がなくなっちゃってサ・・・今は面白くないよね」
 なんて理屈やを弄したり、
「最初に見た時は珠玉の才能(演技力、チャーミングさ)を感じたけれど、時間を置いて見てみたら〝さほどでもなかったな〟」
という具合に、真の評価に落ちついた、って事もあるでしょう(コレは実際にある)。

 でも、それにしたって、イイ時には「この人の映画を見なければ、夜も日も暮れぬ~~!」ってな評判をまき散らしておいて、その後は カンムシ (完全無視) ってんじゃ、
「アンタ、ホントにイイと思ってたんかい?!」
 って疑念も湧いてくるし、
「モノを観る目があるのか、鑑賞眼ってものがあるのかな」
 と不信感もムクムクわいてくる。 

 コレって、プロとして映画を観る、ということの信頼を欠落させる、ひいては不毛に繋がるような、ホントは大問題なハズ ・・・ ですよね。    〔続く〕


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >





映画の語り部・淀川さんの想い出 < 最終回 >

◆ 惚れた映画作家は見捨てない <ホ>

 以上のようなわけで、無責任な輩がこの業界には跋扈しているのですが--
 その点、淀川さんは、やっぱ違いますな。一本筋が通ってる。

 『シェルタリング・スカイ』をテレビCMに出てまで持ち上げた、淀川さんがの真意が、山田宏一さんが言った〝惚れた映画作家は見捨てない〟という信念 = 映画監督愛 から出たものであったとしたら、それはブームに乗っかって新規の映画作家やスターを持ち上げる映画評論家や映画ライターの態度とは一線を画する、
同じ映画人としての共闘というか、真なる義侠心の賜物というか、映画評論家の誠意だと思うんですよね。


                凄ぇなあ、と思うんです。



 もっとも--淀川さんが『シェルタリグ・スカイ』をテレビCMに出てまで熱烈応援した、その本心は山田さんが語ってくれたのとは別の理由からだったのかもしれない。

 確か、『徹子の部屋』に淀川さんが出た時だったか、黒柳さんに『シェルタリング・スカイ』の公開の時、なにゆえ前面に出て応援したのか、について語っていた。
 それは--
 サイレント時代に観た映画に同じような内容の作品 (※1) があってそれにいたく感動したが、それがあまり評判にならず興行も振るわなかったので、『シェルタリング・スカイ』も同じ憂き目に遭わないように、つまりはヒットするように、テレビCMにまで出て〝宣伝した〟
 --というような事だったと記憶しています。

 淀川さん本人が語っていたのだからコッチが本心だと思うけれども、もはや、そんな事はどうでもいい。

 私にとって、この〝シェルタリング・スカイ〟の1件は、〝惚れた映画作家は見捨てない〟 のひと言で落着した。コレは山田宏一さんの言った言葉だけど、淀川さんともども、命を賭けて映画を観ている人 心意気 に触れた思いが、今もしています。 〔 一応の完 〕

※1 『シェルタリング・スカイ』に似たサイレント映画  この作品が何だったかを知りたくてネットで調べてみたが不明。エリッヒ・フォン・シュトロハイムの作品だったか、セシル・B・デミルの作品だったか・・・。この話を淀川さんが語った回の「徹子の部屋」を見れば分かるのだが、それが何時の放送だったかも、思い出せない。



< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >




新作プレビュー  『 エクスペンダブルズ3 ワールドミッション 』  < 前篇 >

◆ まさか、まさかの第3弾。今回が一番凄ぇぇぇ・・・!

 老練 シルヴェスター・スタローンが 「これもん」 でお送りする、男臭さ満載の(オッサン臭満載か?)、〝アノ人もコノ人もみんなまとめて面倒見よう〟的なアクションスターの同志愛が胸を打つ、どんぶり勘定&十把一絡げの〝超弩級〟(コレ、定番)スーパー・パワフル・アクションの第3弾!

エクスペ1
▲ 勢揃いした豪華アクション・スター陣、みんな笑顔で楽しそ
  う。今回コメディ系の俳優ケルシー・グラマー(右端、ジェッ
  ト・リーの上の人)が出てきて、いい味見せてます。
 (C)EX3 Productions, Inc. All Rights Reserved.


 そう、まさか、まさかの第3弾であります。前作のやや出来が良かった第2弾で打ち止めかと思いきや、またヤッちまったみたいです。しかも今回はスーパー凄い!

 いや、もともと『エクスペンダブルズ』ってのは、かなり薹の立ったアクションスター3人-- シルヴェスター・スタローン、アーノルド・シュワツェネッガーブルース・ウィリス --に、若手ながらすでにトウの立った感のあるジェイソン・ステイタムやらジェット・リーらが集結して、「自分達の好きなアクション映画を作ろう」とばかり、やたらめったらガッツン! ガッツン! とクラッシュ&爆破もオーバーに、しかも身体を張ったアクションを前面に押し出して、超男臭~~い80年代風なアクション映画を展開しておりました。

 とにかく〝肉弾戦〟と〝ブッ壊し〟と〝タフガイ気取り〟がメインテーマだから、第1作なんか、あんだけ太ってるスタローンが軽々とジャンプしたり、10代のガキンチョみたいに動き回るという、大嘘つきな活躍が光り(?)、加えてストーリーも安直な感じで、セットも人里離れた僻地の密林に作ってる、みたいな安っぽさが目を引いた(?)。

 それが当たっての第2弾は、1作目のメンツが相変わらずの総出演ながら、人助け的な要素も加えてストーリーを凝ってみせ、ちょいとした感動を盛り、さらに悪役を演じた ジャン=クロード・ヴァン・ダム が適演でなかなか見せた。

 その第2弾が好評で、満を持して放った感アリアリの今回の 『-3 ワールドミッション』 。
     お金掛かってます、
           スターも前より呼んでます、
               ってな自信満々の押し出しで、試写を観てみたらば、アラ凄い!

 ハリソン・フォードウェズリー・スナイプス、そしてアントニオ・バンデラスの超豪華な布陣。おまけに悪役で御出演するのが、あの

               メル・ギブソン!!!

  あー、ムクつけき男どもばっかで、女っ気なし・・・なんだか胸焼けしてきた。ウェップ!  

メルギブ
▲ メル・ギブソンの悪役、いいね!   (C)EX3 Productions, Inc. All Rights Reserved.

  ※ 『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』公式サイト http://expendables-movie.jp/

■ 11月1日より東京・丸の内ピカデリー、札幌シネマフロンティア、
   ユナイテッドシネマ札幌ほかにて全国ロードショー 配給:ポニーキャニオン&松竹 ■



< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >





新作プレビュー  『 エクスペンダブルズ3 ワールドミッション 』  < 中篇 >

◆ ハリソン、メルギブ共演によるスタローン版〝特攻野郎Aチーム〟!

ハリソン
▲ 前2作でブルース・ウィリスが扮したFBIの上司がハリソン・フォード(右)に交替。
  シュワちゃんと初共演。(C)EX3 Productions, Inc. All Rights Reserved.


 そう、メル・ギブソンやハリソン・フォードが出てくるんで、その点、前2作とはデラックス感が違います。

 ハリソンなんか20年くらい前は アメリカ大統領 (1997年の 『エアフォース・ワン』 で)を演じてたほどのスターなのに、ココにきてこんな肉弾スター集団と共演てのは、格落ちした感じもしないではない。事実、CIAのエリートとして登場するハリソンは、着ているスーツも既製品な感じで似合っていなくて、首や肩の辺りがブカついてたり・・・。
 でも、それにしたってスタローンやシュワちゃんとハリソン・フォードが同じ映画に一緒に出るなんて、ちょっと前なら考えられませんやね。
 しかも、そんな冴えないスーツ族の彼が、後半のクライマックスでは、『地獄の黙示録』 (1979年・米)の キルゴア中佐 (ロバート・デュヴァルが演じた戦争マニアック) もかくやと思うくらいの、ヘリコプター操縦をやってのける。なんかグッときましたな。

 加えてメルギブですよ。彼はシュワちゃん、スタローン、ウィリス(今回、彼は不参加です)に拮抗する肉体派アクションの代表選手だから、スクリーンに登場してくるとオーラが凄~い。
 「オー! こりゃ凄い、今回は豪華だな」って感じがヒシヒシ。
 ギブソンは悪役での出演だが、こうしたゲスト出演は第1作の時はエリック・ロバーツ、第2作はジャン=クロード・ヴァン・ダムで、悪役じゃなく善い役ではミッキー・ローク(第1作)、チャック・ノリス(第2作)といたけれど、メルギブはやっぱモノが違うね。ピカッと輝きを放ってるもの。    〔続く〕

  ※ 『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』公式サイト http://expendables-movie.jp/

■ 11月1日より東京・丸の内ピカデリー、札幌シネマフロンティア、
   ユナイテッドシネマ札幌ほかにて全国ロードショー  配給:ポニーキャニオン&松竹 ■



< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >


The Food Court ♪

いっぱい食べるキミが好き~ ♪♪♪

SPORTS & CASUALS ♪

いっぱい遊ぶキミが好き~♪♪♪

お役立ちエリア ♪

ナイスな便利グッズ&サービスをご提供!

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

『 ラストシーンの余韻 』 発売中!
映画ライター・高村英次、初の書き下ろし長編 『 ラストシーンの余韻 酒乱と失態、女難と頑迷、監督・溝口健二の狂おしき人生 』

高村英次

Author:高村英次
電子書籍版はアマゾン Kindleストア 及び 楽天ブックスから、紙の書籍版は製本直送.comより発売。直近の各コラムの末尾にある発売告知から販売サイトに遷移、またはポップアップ画面が出ますので、そこで購入できます。 

< プロフィール >
血液型:A型
趣味:サイクリング&ウォーキング&クッキング、デジカメでの写真・動画撮影
好きな場所:札幌ドーム、中島公園、中央図書館、豊平川
好物:コーヒー、ジンギスカン、スープカレー、ラーメン、「ロイズ」のソフトクリーム、「シャトレーゼ」のアイスバー・ピュルテ(塩キャラメル味)、びっくりドンキー、はま寿司、セイコーマート

My Blog Visitors
CAT TIME !
Calendar

Le TAO ♪
春の光だ、マチに飛び出せ! ・・・ ルタオです ♪♪♪
FC2 ブログランキング
FC2 Blog Ranking
[ジャンルランキング]
映画
573位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
邦画
17位
アクセスランキングを見る>>
リンク
最新記事
松尾ジンギスカン ♪
北海道の郷土料理にしてベスト!
カテゴリ
月別アーカイブ
リーズナブルな旅をご案内 ♪
書を捨てよ、旅へ出よう~ ♪
Amazon DVD RANKING
イチバン人気の映画をチェック!
検索フォーム
最新コメント
MAIL BOX
名前はハンドル名でOK、文面は公開しないので、お気軽に!

名前:
メール:
件名:
本文:

最新トラックバック
QRコード
QR