特別コラム   1985年8月12日を巡る曖昧な記憶

◆ 日航機123便が墜ちた日、私は・・・?   <その1>

 6月から7月前半にかけて体調不良でグズグズしているうちに連載の「名画座という名のタイムマシン」の続きをどう書くんだったかを忘れ、さらにその間に試写で観たマーティン・ルーサー・キング牧師の人間臭くて力強い実録映画 『グローリー 明日への行進』 の事も書けなくて・・・もはや書く意欲が失せておりました。
 今年、戦後70年の節目だし、あと少しで8月15日(終戦の日)だからその日まで反戦を叫び続けた巨匠 「今井正」 の記事をアップしとくのもいいだろう、と思っていましたが、今年は同時に御巣鷹山に日航機が墜落した大惨事から30年だと気づき、それに関する新事実もニュースなどでチラホラ報道されている。
 そんなものを見ていたら、あの日、自分が何をしていたかを思い出したので、久々につらつら書いてみましょう。まんざら映画と関係ないわけでもないので・・・。

                         *******

 あの日、1985年(昭和60)8月12日、終戦の8月15日まであと3日というこの日は、例によってとても暑かったと記憶する。

 この日、ジャズ野郎が何をしていたかというと、映画を撮っていたんですな、16㎜を。正確に言うと、その翌日の13日に自分の下宿前の道路で行う撮影のために、キャメラマンと助監督(ともに大学の学友)とともに自室で打合せをしていた(その夜はそのまま雑魚寝)。
 123便が墜落したのが夕方の18時頃だったから、夜のニュースだと思うけど、そこで日航機が消えたという一報を放送していたんじゃないだろうか。でもその時はまさか墜落したとは思っていなかった。それよりも明日の撮影の事で頭がいっぱいだった。

 この映画ってのは前にも書いた大学(日芸)の卒業制作用の作品 〔※1〕。自分が監督(&脚本)なのに、行きがかり上、何故か自分がその主役を演ることになってしまった、短編のコメディを撮るために、その夏は青息吐息で毎日駆けずり回っていたのですが、その当日の13日は朝からちょっとハイでした。

 何故って、撮るシーンがラストシーンだったから。そのラストは、罪(殺人)を犯した主演の男女が手に手を取って逃げるというシーンで、チャップリン映画(のラスト)によくあるような、地平線のずっと向こうまで続く一本道をその男女がずっと歩いて逃げていく、という「いわゆる、よくある」カットだった。で、それを撮る場所に選んだのが、当時、自分が下宿していたお宅の前の道! 

 そう、なんともお手軽なロケ設定なのでございます!

 お手軽とはいえ、映画の最後を締めくくるラストシーンを撮るのだから、まあ、それが嬉しくてウキウキと心は弾む。といってもラスト以外のシーンの撮影はまだゴマンと残っていて、これでクランクアップとはいかないのだけれど、ケツ(結末)を撮っちまうと、
「よ~し、コレでラストは決まった。ここに繋がってくる他のシーンの撮影もがんばろう!」
ってな具合にファイトも湧いてくる。

 そんなこんなで、あれやこれやと下宿の周りを駆けずり回っていた時に、録音のNが囁いた。
「昨日、行方不明になった日航機、やっぱり墜落したようだよ。それで今、すごい事になってるらしい」

 そんな事をソイツが言ったのが、(8月13日の)ラストシーンを撮る前の、飯休みの正午ごろだったか、撮影が終了して撤収していた夕方ごろだったか、が定かじゃない。
 でも、とにかく「デッカイ事件が起こってるぜ」って事をソイツから聞いた事は憶えている。 〔続く〕

この時撮ってた16㎜の映画は、ブログ1周年記念コラム <フィルムに埋もれる その1~6>
( 2014年1月16日 ~27日 )
で書いた、年末年始、自分の部屋で編集していてドツボにハマッた、大学の卒業制作用の作品。


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特別コラム   1985年8月12日を巡る曖昧な記憶

◆ 日航機123便が墜ちた日、私は・・・?   <その2>

 と、ココまで書いてハタと気がついた。ラストシーンを撮ったのは、123便が墜落した翌日の13日ではなかったことに!

 じゃ、いつラストを撮っていたのか。そのヒントは 「夏目雅子の死」 にある。

 この1985年の10年後が、あの「阪神淡路大震災」「オウム真理教事件=地下鉄サリン事件、麻原彰晃逮捕」「神戸連続殺傷事件=酒鬼薔薇事件」の1995年(平成7)なので、10年おきに大事件が起こってたなんて言われたわけですが、そうした85年のビッグニュースの中に当時の人気女優・夏目雅子の急逝もある。
 彼女が女優として売れていて、第一線にあってこれからさらなる活躍が期待されていた時に突然逝ってしまったものだから、世間は夏目フィーバーみたいになったんだけど、その彼女の死を撮影中にジャズめに耳打ちしたのが、やはり録音のNだったんだ。
 そしてそれこそが、ラストシーンを撮っていた下宿屋の裏庭の脇だった・・・。

 夏目雅子が亡くなったのは、日航機が墜落した約1ヶ月後の 9月11日 。

 う~む、思いこみってのは誰にでもありますが・・・それにしても、1ヶ月もタイムラグがあったとは!

 自分はてっきり、あれ(日航機事故)はラストシーンを撮ってた日あたりだと思い込んでいたけど、そうだ、Nが言ったのは日航機の事故のことじゃない、夏目雅子が死んだ、というその一報だったんだ。

 Nが言ったことが日航機じゃなくて夏目死去のことだったって事をなんで憶えているかというと、夏目さんが亡くなった事をNが私を含めた他のスタッフの前で、まるで鬼の首を取ったかのように話したから。
 「夏目雅子って死んだんだゼェ~」
 と自慢げに吹聴して、みなの不興を買ったんだ。だからを憶えている。

 Nは「人の死」を、自慢げに、半ば、小馬鹿にするような口調で言いまくったおかげで、「アイツ、バカじゃね」と引かれ、批難もされた。本人には悪気はなく、耳にしたビッグニュースを「俺だけが知ってる!」って感じで言っただけだったのだが、まあ、バカですな。
 場を白けさせ、みんなに白眼視されて、ブツブツ言い訳がましい事を言いながら顔を真っ赤にしていたN。その姿をハッキリ憶えていて、それがラストシーンを撮り終えた現場(下宿)だったから、自分の記憶違いに気がついたわけ(ま、私以外はどーでもいいことですが)。

 で、そんなふうに記憶を訂正(整理)していくと、そうだ、確かに8月にラストシーンを撮ってたってのは早過ぎる。その時の撮影は万事が後手後手になって、スケジュールも随分ズレ込んで、ラストを撮ったのは秋の初めだったように思う。秋たって9月の11日はまだ暑く、秋って感じもしなかったが、まだしも9月の方が理屈が合う。


<その年、1985年の夏もエラく暑くて、確か、撮影の合間に喫茶店で昼飯を食いに入ったら、スプーンやフォークを右手に持ったまま寝ちゃった事があった。自分だけでなくスタッフみんなが!>


 理屈が合う、っていうのは、そのラストシーンの場面で、人を殺めて逃げる男女に職務質問する警官っていうのを出したんだけど、その警官役の学友H君がやけに軽やかに演じてくれたのを思い出すから。クソ暑いとあんなに軽~~く演じられなかっただろう。

 アクション映画や刑事物が大好きなH君は、警官の制服が着られるってことで、その日は大ハシャギ! もちろん、制服は業者から借りてきた衣装。
(実は、このH君が演った軽~~いノリのお巡りが、自分が撮ったその映画の中では一番好きである。 ♪ チンチロリンのカックン~♪ 由利徹「カックン・ルンバ」を歌いながら登場するHのノリ良過ぎのお巡りさんには、当初〝もうちょっとマジメに演ってくんないかなぁ〟とムカついたものの、今思えば、笑えるシーンはそこぐらいなモノだから、〝あー、やっぱりアイツに演らせといて良かった〟と思っている次第)

 H君の話は余分でしたが、ことほど左様に、人間の記憶ってのはアテにならないもんです。いや、アテにならないのはジャズ野郎の記憶力かもしれませんが。   〔続く〕


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特別コラム   1985年8月12日を巡る曖昧な記憶

◆ 日航機123便が墜ちた日、私は・・・?   <その3>

 そんなわけで、結局、お題にした「日航機123便が墜ちた日」にジャズ野郎が何をしていたか、は判然としないのです。おそらく、自分の卒業制作の撮影準備や同級生が撮る映画の現場に応援として参加していたんでしょう。3年生の1984年の夏も、4年生の1985年の夏も、映画の撮影とその準備をしていた記憶しかないですから。
 いや、夏だけじゃない、春から冬まで年がら年中、映画にまみれてアタフタと駆けずり回っていましたな。

 それはそうと、1982年に大学に入り、1986年に卒業したわけですが、この4年の間には、どういうわけか、デッカイ飛行機事故がいくつもあった。大学に入る前の入試で上京してた時(82年の1月末~2月下旬)、羽田沖に日航機が墜ちた(同年2月9日)。
 この時、実家に電話したらオフクロが
「アンタ、大丈夫かい!?」
 と血相変えた声でもって受話器の向こうから叫んだことを思い出す。
「大丈夫に決まってンじゃん、今、こうやって電話してんだから・・・」
 とは思ったけど、まあ、有り難かった。
 ジャズめが入試で東京に行ったのは、その年の1月末だったから、2月9日に羽田に行くことはなかったんだが、親ってのは心配なんだよね。

 次は大学2年の夏(1983年)、これまた同じ大学の、一番親しく付き合っていた男(ホントは親しくもなんともないのだが)が、自主映画を撮るっていうんで引っぱり出され、ソイツの目的は撮ろうとしているホラー映画のことよりも、それに出演させるヒロイン役の娘を口説くことにあったんだけど、他のイケメンの出演者にその娘をとられるとか、なんとか言って焦りだし、終いにはこのジャズ野郎にも疑いの目を向け、
「オマエもあの娘の事、好きなんだろ? ウエェェェェ~~~ン」
 と泣き出す始末。

 で、その撮影が一段落した8月末から9月の3日間、旅に行こうと誘われた。ソイツ曰く、その娘にフラレた「センチメンタル・ジャーニー」だとかで、「オマエもつきあえよ」ってわけである。
 「旅行出来るんだから、いいだろ。なッ!」
とソイツは言ったが、なにせお互いに貧乏一直線の身の上だから、買える切符は「青春18切符」で、行く先の宿も予約しない(できない)、文無しのミジメ~~~な旅だった。流浪といってもよい。

 今でも忘れないけど、中央線の夜行に乗って、まだ暗いうちに長野県のどっかの駅で降ろされて、次の始発が出るのがその駅の次の次だか、次の次の次だかで、とにかく歩いてそこまで行かなきゃならない。仕方なく線路上をゾンビのように歩くブータレた顔の私にソイツは、

           「 『俺たちの旅』 みたいでカッコイイだろッ」

なんて抜かしてたけど、朝まだきの線路上を「向こうから列車来ねぇーだろうなぁー」とビクビクしながら、寝ぼけ眼を見開いて歩く、ってのはかなりバカヤローなことですよね。
 ま、若かったからできたと思うけど。                    〔続く〕


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特別コラム   1985年8月12日を巡るあいまいな記憶

◆ 日航機が墜ちた日、私は・・・?    <その4>

 それはともかく、ようやく富山駅に着き、そこから連絡船で能登半島の突端にある珠洲に渡り、そこからJRで・・・と、アレ、ドコに行ったんだっけか?

 とにかく行った先に、目の前の浅瀬にぽっかりと小島(見附島)が浮かんだ海岸があったのを覚えている。この海岸、「恋人海岸」って名前だとばかり思っていたが、ネットで調べたら「えんむすびーち」と呼ばれているとあり、その付近には縁結びの鐘てのもあって、それに因んだものだとか。そういえば、そんな鐘があったかなあ、とうろ覚えではありますが、確か「どーか、いいカノジョが見つかりますように」とご利益にあずからんと鐘をチンチン鳴らしまくったような(もっともご利益は今にいたってもないが・・・)。
 片や、失恋したと思いこんでた、大学時代の連れ(ホントは失恋してなくて、彼女につれなくされたとソイツが勝手に思い込んでいたのだが)は、鐘を見て「縁結びの鐘だってェ!? これは皮肉だ。俺へのあてつけだ」といって泣き出しそうな顔をし、苦々しく見ていた(とはいえ、そんな事を言いながらも、しっかり鐘を鳴らしてはいました。そういうところは存外、計算高かった)。

 
 で、この見附島に行った、という記憶を今、ネットで場所を確かめながらたどると、この時乗ったのがJR奥能登線で、その終点の「蛸島」で降りて見附島まで行ったということが判った。しかしこのJR奥能登線は、第三セクターの「のと鉄道」になった挙句、2005年に鉄道そのものがなくなっていた! 北海道では今、増毛と深川を結ぶ「JR留萌線」がなくなるってことで騒いでいるけれど、過疎地域のローカル線が消滅するってのは、日本全国いずこも同じ。
 それにしても、あの奥能登線がもうないとは!

 何が思い出深いって、ジャズ野郎はこの見附島付近の民宿に泊まった翌日、その民宿に、当時、中村雅俊が『俺たちの旅』で着てたようなカーキ色の長袖のデニムのシャツを忘れたことを蛸島駅のホームに停車していた客車の中で思い出し、それ惜しさに、客車を飛び出して、一目散に走りに走って民宿まで駆け戻り、シャツをひっ掴んで、また駅に戻ってきた、という痛~い思い出(失態)がある。
 その列車に乗り損なうと、珠洲港から出る富山行(糸魚川行だったかも)の連絡船に間に合わず、それに乗れないと珠洲市で1日か2日余分に待たなければならない。蛸島から珠洲駅に向かうJRと連絡船が連絡する時間もギリギリだったから、蛸島駅に停車していた列車に絶対に乗らなければならない。それなのに、ソイツが止めるのを振り切って飛び出してったわけである。たったシャツ1枚のために。

 民宿に行って蛸島駅に駆け戻る道すがら、
「あーあ、もう列車は出ちゃったよなあ。俺ひとりで東京に帰るのか・・・」
と半ば諦めていたのだけれど、とっくに出てるハズの列車はまだホームにあった。

               「 ? ッ ・・・・・・」

 一緒に旅行していた、失恋したと思い込んでいた傷心のソイツが、車掌にわけを話して、列車を停めていてくれたのだ

 〝 オー、サンキュー、さすが我が友(こんな時だけ・・・アッシも現金っす)! 〟

 その時は有難いと思ったけど、後でソイツがまー、そのことを恩に着せること、着せること!
 田舎の、1日に10本もないような単線の鉄道ってのは、庶民的で理解があってヨソから来た旅人には優しくてそれで「待っててくれたんだ」と思うんだけど、それにしてもあの時ほど「有難い」と思ったことはない。


 ・・・アレ、飛行機事故の話はどこいった?  あ、ついつい忘れるとこだった。
 見附島近くの民宿に宿を取って、その晩か、その次の晩に近くにある「見附茶屋」という店に行って、ここらへんの名物(だったと思う)「鳥なべ」をつついていた時、かかっていた店のラジオに臨時ニュースが流れた ・・・ 1983年8月31日

   大韓航空機が墜落した、と()。

 しかもそれは、どうもソ連の戦闘機に撃墜されたようだ、と。

 
 それを聴いた時、二人とも箸が止まった。顔を見合わせて、黙ってラジオに聞き耳を立てた。しばらくして、けたたましかった臨時ニュースのアナウンスが終わり、静かなトーク番組に戻ったら、店のすぐ外にある海岸の潮騒の音がやけに大きく聴こえてきたっけ。

「これからどうなるんだろう」
 とただならぬ不安を抱きながら、二人して潮騒が聴こえてくる暗い海を眺めていました。なにか、妙に寂しい気がした。


 そういうわけで、大学在学中には、「羽田沖墜落事故」「大韓航空機撃墜事件」、そして「日航ジャンボ機墜落事故」と3つもドデカイ飛行機事故があったのです。幸いにして、自分の親族や身内がそれらに巻き込まれたって事はないのですが、とても他人事とは思えない強烈な感情が今も残ってます。    [終]

この大韓航空機撃墜事件は、北朝鮮スパイがしかけた時限爆弾で爆破墜落した、1987年11月29日の「大韓航空機爆破事件」(あの〝蜂谷真由美〟=金賢姫で有名な)とは別物。


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
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気まぐれコラム   ポラリス、撮ったドーッ!!!

◆ 札幌のタブレッティ~な新型市電を撮ってみた   <前編>

 今、札幌では街の中心を走っている市電(路面電車)をループ化する工事 (西4丁目駅とススキノ駅とを繋いで、東京の山手線のように環状化する) が進行中だが、車両の方は2年前から ポラリス という名の新型車両がすでに運行している。
 昔ながらの車両は床が高くて、乗り降りする際にかなり高い段差の階段をヨッコイショと上がらなければならず、老人や体の自由な人ならずとも結構タイヘン。そこへいくとポラリスは〝低床車両〟がウリだからドア下のステップの段差が少なく、車両自体の床もひくいのでスイスイと乗り降りできる ・・・ な~んて書いてるけど、恥ずかしながら未だ乗ったことはありません。

 まだ8月だってのに風が強くて肌寒かった28日、中央図書館に行ってエントランス前のベンチに座っていたら、目の前にそのポラリスが!


               「オッ、ポラリスだ!」


 そこは「中央図書館前」という市電の停留場だったから目の前に現れるのは当たり前なんだけど、そこで急に思い立った。

「一丁、市電を撮ってみよう。どーせ、撮るなら写真じゃなく動画にしよう」

 ちょうどデジカメを持っていたので、早速、座ってたベンチの上に両脚を開いて立ち、カメラを構えて「右から左」「左から右」とパンの練習。パンってブレッドじゃないですよ、手持ちの移動撮影(パンニング)のこと。4、5分に1本くらいの間隔で電車は通過する。でも電車が来た時にそれに合わせてカメラを振ってちゃ、もう遅い。遅いというか、うまく撮れないから、電車が来ない時から左右にカメラを振って練習するわけ。もちろんファインダー(モニター画面)を覗きながらやるのです、予行練習を。

 しかしそんな事をやりながらポラリスを待っているのに、一向にやって来ない。携帯プレイヤーで 『パイレーツ・オブ・カリビアン』 (2003)の 「 He's a Pirate 」 ( テレ朝の 『いきなり!黄金伝説』 のサバイバル編でかかる タンタンタラ、タンタンタラ、タンタンタラ、タタン・・・って例のヤツ)を延々と聴きながら待つこと1時間。ようやく姿を現したポラリスは、残念なことに「左から右」だった。
 なぜ〝残念〟かというと、札幌の市電は山手線の外回り・内回りのように車道上を線路が2本走る複線で、目の前の「中央図書館前」に停まるのは「右から左」の方。コッチだと目の前に停まるからポラリスを大きく映せるが、「左から右」だとソッチの停留場はちょっと離れているので車体が小っちゃくしか映らない。


  姿を現したポラリス
  ▲ 「左から右」のポラリス。中央・左、電柱の背後に車体が小さく映ってる
    けど、判ります?                  c ジャズ野郎


 とにかくその「左から右」のポラリスを撮影して、「1時間も粘って撮ったんだから・・」と満足してカメラを仕舞い、自転車でその場を立ち去った。そしてしばらくその電車道を走っていたら、なんと「右から左」のポラリスが向こうからやってくるではないか!

              「あー、今ごろ、来やがったァ!」

とカメラをセットしようにも、
・自転車を降りて、
・背中のリュックからカメラを取り出し、
・カバーを外して、
・スイッチを入れ、
・画角を調整して・・・なんて事やってたらとっても間に合わない!

           「あーあ、せっかくのシャッター・チャンスなのにぃ・・・」

〔続く〕


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気まぐれコラム   ポラリス、撮ったドーッ!!!

◆ 札幌のタブレッティ~な新型市電を撮ってみた   <中編>

 そう、本当にいいシャッター・チャンスってのは撮影が全部終わってから来たりするんだ。それはド素人のアマチュア撮影ばかりじゃなく、プロの現場でもそういうことってよくある。

 ジャズめも大学で16ミリを撮ってた時、そんな事がよ~くあった。ホントはピーカン(晴れ)で撮りたいのに、時間がないとか役者が間に合わないとかって事になったので、
 「いいや、廻しちゃえ!」
 って曇天にも関わらず撮影をすませた。そしたら終了後、ドピーカンになって、
「ああ、しまったッ! もちょっと待ってればよかった」
 ・・・そんな事、何度ありましたかね。

 それはともかく、無情にも通過していくポラリスを見送りながらガッカリして、また自転車を漕ぎ出したジャズ野郎は、咄嗟に思った。

   「そうだ、次の停留場まで先回りして、そっから撮ればいいんだ!」

 思うまもなく、自転車を急転回して、脱兎のごとく走り出した。頭の中ではさっきまでエンドレスで聴いていた 「 He's a Pirate 」 がガンガン駆けめぐってる。
 この曲、エクステンデッド版で14分45秒もある(同じメロディを繋いだヤツだから、なんぼでも長くなる。同じのが続くだけだから、終いには飽きてくるが・・・しかし心は燃え上がる!)。

 「 He's a Pirate 」 (エクステンデッド版)はまさに ハンス・ジマーによる〝 ボレロ 〟 と呼んでもいいのでは。 
 ヤケに戦闘的な気分にさせる、士気を鼓舞する曲ですよね、あの タンタンタラ、タンタンタラ、タンタンタラ、タタン ・・・ は。          〔続く〕


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気まぐれコラム   ポラリス、撮ったドーッ!!!

◆ 札幌のタブレッティ~な新型市電を撮ってみた   <後編>

 その次の駅 「ロープウェイ入口」 にダァーーーーーーッと特急でやってきたジャズ野郎は、自転車を駐めて鍵をかけ、デジカメを取り出して、息切れしつつ素早くシューティング体勢。

 ポラリスはまだ車道の奥にある。
 「よーし、今だ」
 ってんでカメラのスイッチを入れて画角を調整し、そこで何故か分からないのですが、しゃがんで車体を撮ろうとした ・・・ そうです、いわゆる ローポジ ってヤツです。

 ローポジと言えば 小津安二郎 。キャメラをちゃぶ台にのっけた位の高さに固定して、屋内のシーンも屋外のシーンもそれで撮影する。 〝犬の見た目〟 とも揶揄されたこのローポジを小津はやり続けたわけですが、別にそれをマネてやったわけじゃない。

              なんというか、なんとなく、なんですよね。

 迫ってくるポラリスを自分の目の高さで撮っても迫力が出ない気がして、咄嗟にパッとひざまずいてカメラを構えて、画を見てみた。すると遠くにあるポラリスの車体が立って見ている以上に小さく見えた、ほとんど見えないくらいに小さく。
 しかもダンダンと迫って来ているハズのポラリスの車体が、大きく見えてこない。

                    「おかしいな・・・」

 と思ってたら、自分に近づいてくると急にデッカク映り出してくる。

                    「ああ、コレは!?」

と驚きましたけど、実はちょっとこうなるだろうとは思ってもいた。近づいてくる人とか物をローポジで撮ると、かなり自分に接近してきたところで急に大きく映り出す、ってことを小津監督について書かれた本で読んでたから。
 接近しなくても、ただその場に立っている人や物を撮る場合、カメラに近い方は大きく、遠い方は小さく映るわけで(遠近法ですから、当たり前といえば当たり前ですが)、
「じゃあ、動いてコッチに迫ってくる物体ならきっとに急にデカクなるのでは?」
と思ったら、そのとおりだったってわけ。いわば レンズの特性 です。

 小津安二郎はシーン(カット)とシーン(カット)の繋ぎに、フェードイン・フェードアウトやオーバーラップ、さらにワイプなどのオプティカル処理を使わない事でも有名ですが、何故そうしないのか、と訊かれた時、小津監督は

                「あれは レンズの属性 だから」

と答えた。レンズの特性が解っていたからレンズの属性はいらない、と言いたかったのか。そいつは解りませんが。


★ ポラリスの到着と発車。フランソワ・トリュフォー監督の 『終電車』 (1980)のテーマ曲、ジョルジュ・ドルリューのワルツにのせて・・・。                   C ジャズ野郎


 とにかく、そうやって必死に自転車を漕いで、急ごしらえでセッティングして撮影したのが 上の動画 ( ★ YOU TUBE にて公開 )。映像が上下にカクカクと動いているのは息切れのためですが、さきほど「手前に近づくと急にデカクなる」と書いたほどには、デッカク映り込んでません。おかしいなぁ、撮影してた時にはモニター画面の中で急にデカクなったように見えたんだが・・・。

 それはともかく、キャメラの腕は別にしてポラリスはナイスなデザインでしょう。 スマホを横長にしたような、またはタブレットをそうしたようなデザインで、シックなブラック・アンド・ホワイト。このデザイン、2013年のグッドデザイン賞に輝いていて、車体前方の下にある愛称〝ポラリス〟のロゴは札幌市立大学の学生さんの作だとか。

 どこか近未来風な感じで好きなんです。ポラリス、早く乗ってみたい。    〔終〕


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『 ラストシーンの余韻 』 発売中!
映画ライター・高村英次、初の書き下ろし長編 『 ラストシーンの余韻 酒乱と失態、女難と頑迷、監督・溝口健二の狂おしき人生 』

高村英次

Author:高村英次
電子書籍版はアマゾン Kindleストア 及び 楽天ブックスから、紙の書籍版は製本直送.comより発売。直近の各コラムの末尾にある発売告知から販売サイトに遷移、またはポップアップ画面が出ますので、そこで購入できます。 

< プロフィール >
血液型:A型
趣味:サイクリング&ウォーキング&クッキング、デジカメでの写真・動画撮影
好きな場所:札幌ドーム、中島公園、中央図書館、豊平川
好物:コーヒー、ジンギスカン、スープカレー、ラーメン、「ロイズ」のソフトクリーム、「シャトレーゼ」のアイスバー・ピュルテ(塩キャラメル味)、びっくりドンキー、はま寿司、セイコーマート

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