巨匠のムチャブリ-島津保次郎 オヤジの蛮行 <その6>

◆ 極度の学歴コンプレックス

 松竹キネマ研究所の閉鎖後、島津と牛原は同じ松竹の蒲田撮影所に入所して助監督となる。二人は蒲田時代はもちろん、この研究所時代からの同期である。

 その蒲田入所の前の話だが--島津の最終学歴は神田の 正則英語学校 卒業ということになっているが、その学業実態はお粗末であった(らしい)。まじめに学校などに通わず、学校の隣にあった映画館 「錦輝館」(*1) などに入り浸ってひたすら映画を見ていた。 だから英語の知識はさっぱりで、後に松竹蒲田に入社してから、「サウンドトラック」を〝サンド・トラック〟、「ダビング」を〝ダンピング〟と言い、「デカメロン」を〝でっかいメロン〟とこっ恥ずかしい誤読して周囲を苦笑させた。

 この苦笑を島津は最も嫌った。大店のドラ息子で見栄っ張りだから、彼の学歴コンプレックスはますます深まっていく。正則英語学校ですら満足に勉強もしなかった島津ゆえ、当然、大学には行ってはいないが、同期の 牛原虚彦 や後に同志的な結びつきを深める撮影所の所長・ 城戸四郎 東大(当時は帝大)出だし、入社の時に自分が口を利いてやった島津組の助監督・ 五所平之助渋谷実慶 大 と、周囲にいる大学出には卑屈なほど引け目を感じ妬んでいたようである。こういった大卒者が自分の組に助監督として付くと、最初は畏敬の念からか、わりと丁重に扱ったという。
 しかし撮影が進んでいくと、大学出ではない 吉村公三郎 ら同様、猛烈にシゴクようになる。大学出だから余計にシゴいたということはないようだが、島津の学歴コンプレックスは一向になくならなかった。助監督を叱責し、殴打する際にはおそらくその鬱屈が爆発し、殴る手や蹴る脚にいっそう力が加わったに違いない。

 そんな島津の劣等感が和らいだのは、城戸所長によって、新しい映画作りを打診された時であった。当時、城戸は 野村芳亭 監督の作る古くて陰気な新派大悲劇風の作品を嫌って、日常的な庶民生活をそのままフィルムに定着させて描こうと考え、島津や五所、小津安二郎たちに協力を求めた。それはちょうど震災後、蒲田撮影所の主だった芳亭将軍が京都へ行って留守だった頃である。その時、大学を出てないことを苦にする島津に向かって城戸はこういった。

「カツドウ屋に学問は要るが、学歴は要らない」
                 (『人物・松竹映画史 蒲田の時代』升本喜年、平凡社)


 この一言で島津は劣等感を克服できたというが、このあたりに江戸っ子らしい純情な一面(悪く言えば単純、単細胞な性格)が良く出ている。
 「デカメロン」を〝でっかいメロン〟と言った、などと聞くと、今のオバカタレント並みの頭脳かと思ってしまうが、そうバカにしたものではない。島津には 文才 があった。
 今の郵政省にあたる逓信省が郵便貯金奨励の宣伝映画を作ろうとしてシナリオを公募した時、島津の作はなんと二等に入選。この時、島津は映画界を志望して、父・音次郎の大反対に遭って難渋していた時期であったが、音次郎は保次郎が二等に入選した事を知って考えを改め、 コネ(*2) を使って息子を松竹キネマ研究所に入れた。その際、島津は松竹キネマ研究所の主宰者・ 小山内薫 に目をかけられる。小山内は島津の入選作を読んでその能力を認めていたというから、その文才はホンモノであった。   〔続く〕






*1 「神田の錦輝館」・・・当時の映画ファンを愛された神田の映画館は、神田淡路町のシネマ・パレス(洋画専門)などがあるが、錦輝館もそのひとつ。錦輝館については、神田学会のウェブサイト「KANDAアーカイブ」内の「神田資料室」の中で、神田に縁のある文芸評論家の文芸評論家の小川和佑さんと「神田三百年地図」の中西隆紀さんがこんな話をしている。

●「不思議その六  錦輝館は関東一の映画館」

中西 もう一つの貸席に錦輝館があります。その場所は東京電機大学五号館と神田税務署のちょうど中間。これは複数の地図で確認していますのでほぼ間違いありません。
小川 なぜ錦輝館が有名かというと、関東地方で初めて映画を上映したところだからです。明治三十年です。日本で初めてだったのは、神戸じゃないかな。
中西 ごく単純な景色を写しただけの無声映画で、エジソンが発明したヴァイタスコープという映写機で上映された。室内に白い幕を垂らして、そこへ写すわけ。でも映画はすぐに終わってしまって。
小川 私の記憶では、フィルムの始めと終わりをつないでしまって、何回も同じものをまわしていたとか。ナイアガラの滝とか、また蒸気機関車が走っているだけという画。神戸はフランスのキネマトグラフというものを使っていたはずですよ。日本では当時「活動写真」といっていましたね。
中西 そして明治四十年になると技術も進歩して、単なる記録から今日に見られるような劇映画が登場してきます。以後、いよいよ映画専門上映館の時代になっていくわけですね。
小川 だから、錦輝館が本来は貸席、演説会場であったということのほうがあまり知られていないようですよね。
中西 そうですね。錦輝館がさまざまな使われ方をしたのは、貸席料金をいただければ誰でもというところがあったからです。…(略)…
中西 そうですね。神田警察署は以前、「錦町署」その他に分散していたろ思います。錦町署と錦輝館では過去に大きな事件がありました。明治四十一年の「赤旗事件」です。これは、社会主義者の堺利彦、大杉栄、荒畑勝三(寒村)などが、山口孤剣の出獄歓迎パーティを錦輝館で行った時のこと。この寄り合いは琵琶の演奏や剣舞、講談などもあり、それが偽装なのかはたまた格調が高いのか、そこのところは分かりませんが、宴たけなわの頃三本の赤い旗が突然登場してくるわけです。それぞれ赤地に白く「革命」「無政府」「社会主義」って抜いてある。その旗をかかげて革命歌をうたいながら参加者は今の警察通りに出て歩き出すわけです。ここで旗を下げろ、渡すものかで小競り合いとなる。すでに二十人張り込んでいた警官はさらに三十人増員され、今の学士会館付近で大乱闘に発展します。この事件で堺利彦ら十五人が逮捕され、錦町署に拘引されます。この檻の中で暗に天皇を批評した落書きを壁に書くわけです。これがあの悲惨な大逆事件を呼び込んでしまう。
小川 戦争中などは、映画館に警察がいつもいてね。不適切な場面になると「中止ッ!」と怒鳴って上映を止めてしまうんだ。
 <以下、省略。>

 ★ 「KANDAアーカイブ」内「神田資料室」 http://www.kandagakkai.org ★

*2 「音次郎のコネ」・・・日本橋の大店だった島津の父・音次郎は顔が広く、いろんな分野の人間と交流があって、当時、松竹社員だった 高橋歳雄 とも顔なじみで、息子・保次郎の松竹入りについてはその高橋に仲介してもらって入社させたという。高橋歳雄は後に蒲田撮影所の次長となって城戸をサポートし、松竹京都撮影所(下加茂撮影所ではなく、太秦撮影所。松竹京都の太秦撮影所は元はマキノトーキーの撮影所)の所長、新興キネマの撮影所長などを歴任。


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