巨匠のムチャブリ-黒澤明 『トラ・トラ・トラ!』事件の真相 その3

◆ 東映京都撮影所に漂う、侠気な気風(ムード)  <前編>

 “命を狙われている”と思い込んだのは、当時、東映はヤクザ映画全盛で、撮影所内には着流し&雪駄姿の扮装をした役者や賭場の監修などをしにきた本物のヤクザがうろちょろしており、ヤクザ嫌い(ヤクザ映画も当然忌避)で知られる黒澤監督は、彼らから襲撃されるのではないかと身の危険を感じていた。

 また黒澤監督と東宝助監督時代から親しい佐伯清監督によると、黒澤監督はセットに向かう時、仁侠映画を撮影しているステージを嫌い、その前を避けてわざと遠回りしていたという。ヤクザ映画を撮っていて、そこに本物のヤクザがいたとしても、別に黒澤監督を襲ういわれはないのだから、ドーンと構えていればよいものを、この時の黒澤監督はナーバスな状態であったから、そうした野卑な雰囲気(この時の京撮には“黒澤明がなんぼのもんじゃい”とか“世界のクロサワのお手並み拝見といきましょうか”といった、小馬鹿にしたような雰囲気が多分にあったと、深作欣二監督が語っている)に過剰に反応してしまう。

 黒澤監督の初期の代表作である『酔いどれ天使』 (昭和23=1948年)は、三船敏郎のヤクザを主人公にしたヤクザ哀詩ともいうべき作品だったのに、当の監督は大が付くほどのヤクザ嫌いなのである(ヤクザが好きだ、という人はそういないと思うが・・・)。

 しかし・・・黒澤監督は知っておくべきだった。いや、同じカツドウヤなんだから、その意味することは分かっていたハズである。東映京都撮影所でライトが落っこちてきた、その真の意味を。これは(偶然の)事故ではない、故意である。

 ただし、それは黒澤監督が察したような、命を狙うといった殺伐としたものではなく、
「京撮へようこそ」といった名刺代わりの挨拶なのである。

 東映京都で、セットでライトが落ちてくる、ライトを落とされる、というのは外部からやってきた映画人に対して、「わてらをなめたらあかんデー」というスタッフからの“威嚇(警告)”なのであり、実は多くのスターや監督がこれをやられている。

 一例を挙げれば、宍戸錠。彼が『三池監獄・凶悪犯』 (1973年、小沢茂弘監督)に出演するため京撮に赴いた時、多くの取り巻きを連れていき撮影所内を練り歩いていた、という。するとセットで足もと30㎝のところにライトが落ちてきた。震え上がった彼は、京撮スタッフの反感を察してそれまで連れ歩いていた大勢の取り巻き連を東京に帰し、心を入れ替えて撮影に臨んだという(『嗚呼!活動屋群像』土橋亨、開発社)

 余談だが、この時期の東映京都の作品で、三下(さんした)役やチンピラ役などでちょくちょく顔を出していたのが川谷拓三(彼の父は元・映画キャメラマンで、彼の義父、つまり奥さんのお父さんはサイレント期の監督・仁科熊彦である)である。彼は、他愛ない殴られ役や殺され役で3000回死んだ と豪語するバイ・プレーヤーで、大概の過酷な扱いには慣れて平気だったが、中でも「これは死ぬ」と思うくらい酷かったのが、この『三池監獄・凶悪犯』だった。川谷は自著でこんなふうに書いている。

 映画界は狂気がなければ生きていけないと先ほど申し上げたが、狂気になることの好き嫌いは別にして、人間であることを忘れ本当に狂わなければ、本当に死んでしまうことだってある。

 その典型例が『三池監獄』という映画である。

 この映画のロケは、今までの僕の役者人生の中で、最も苛酷なロケとして脳裏に焼きついて離れない。もっとくだけた話をすれば、できうることなら二度とこんなロケはご免だ、とまで思う映画である。
 この映画で僕がいただいた役というのは、名もない囚人。当然のように台詞もない。鉄製の重い手かせ、足かせをつけて、一面に降りしきる雪の中を、ただひたすら歩くという役である。しかもいでたちは、素足の上にワラジ1足。当然時間が経つにつれ手足がまっ赤に腫れ上がってくる。やがて、手足の指先の感覚がなくなって……。凍傷にならないのが不思議なくらいのコンディションであった。…(略)…
 それにしても、これは本当に寒かった。いや寒さをとおり越して、それが痛みにとかわっていく。やがて手足がしびれ、その感覚さえなくなってしまうのだ。
「やばい、ホンマに死んでしまうで……」 
  (『3000回殺された男 拓ボンの体当たり映画人生』 川谷拓三、サンマーク出版)


 川谷はあまりの寒さにどうしても暖をとりたくなって、自分の小便を手足にかけて温めた、というが、コレではまるで本当の“囚人”ではないか。おまけにこの映画では、俳優イジメや裏方イビリでは“定評”のある小沢茂弘監督と主演の鶴田浩二が衝突して仲違いするなどロクな事がなかった。

 黒澤監督の話とは関係ないが、東映京都撮影所の気風がいかに苛烈だったか、がこれで分かっていただけると思う。  〔続く〕


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