Coffee Break 小津安二郎のたなごころ  <その2>

◆ ムチャブリを役者に詫びたOZU

 恫喝したり、何度も同じことをやらせたりして、俳優が自然に顔に浮かべる素の〝怒り〟や〝疲れ〟をそのまま役の状況に利用して〝演技〟として撮影する--というこのテクニックは 小津安二郎 もよく使う手で、池部良は島津ばかりか小津にも同じような目に遭わされている。
 池部は小津に呼ばれて松竹で 『早春』 (昭和31=1956年)に出るのだが、その時、タバコの箱を回すという何でもないシーンで小津から何度もダメ出しを食らった。
そして小津監督に--

「お前、やる気があるのか、ねえのか。そのくらいのこと、何で出来ねえんだ。俺がやってみせるから、よく見てろ」             (『心残りは…』池部良、文藝春秋)


 とドヤされて大いにクサった。
 数日後、昼食に誘われた池部は小津からこう言われる。

「ところで、お前さん、俺を恨んでいるだろ。タバコの箱が回せねえって、どなって。 実はな、箱がどう回るかは、どうでもいいんだ。お前さん、いくらやってもお坊ちゃん面して、のんびりした顔だから、ちょいとおどかして、びっくりさせてやったんだ。
 案の定、何とも言えねえいやな顔になったよ。あのカットはいいと思うよ。すまなかったな」
 とおっしゃった。涙が滲む。                 (前掲書)


 というわけで、この場合の恫喝も〝演出〟であった。
 島津オヤジも「そういう、いやな顔でやっておくれよ」と言ったが、小津も「何とも言えねえいやな顔になったよ」と言った。両巨匠とも池部にそういうムッとした表情を求めたということは、その頃の池部良はよっぽど緊張感のない、坊や坊やした顔だったことになる。このお坊ちゃん面が暗い翳りと鬱屈を臭わす渋~い顔になるのは、 篠田正浩 監督の 『乾いた花』 (昭和39=1964年・松竹大船)あたりからで、その演技を見た東映の 俊藤浩滋 プロデューサーによって東映の任侠映画 『昭和残侠伝』 シリーズに 高倉健 とともに出演し、その中年男の翳りは本領を発揮する・・・。






 池部の中年の翳りはさておいて--島津といい、小津といい、年季の入ったベテラン監督の俳優の動かし方にはそつがない。しかも俳優の心にグサリと楔を打ち込んで、終生の戒め(アドバイス)とするあたり、まことに見事である。

 映画スターや俳優の書いた本やスタッフの証言などでも紹介されているが、こうした〝荒療治〟をした後、小津安二郎は叱った相手にその理由を述べて、必ず「悪かった」「すまなかった」と頭を垂れる。ここが小津の「凄いところ」だと思う。他の監督も「あの時はこうしたかったら、君に無理を言ったんだ」といって、撮影現場での無理強いやゴネた理由を説明をすることはあるだろうが(プライドの高い巨匠ならば、それすらもしないが)、謝罪めいた言辞は吐かない。頭を下げるというのは律儀な小津安二郎なればこそだ。

 もっとも 島津保次郎 なら謝罪はしないだろう。謝罪する代わりに島津好みの美味い酒席に役者を呼んで、その時の事情を面白おかしく語って一席伺ったに違いない。 『隣の八重ちゃん』 (昭和9=1934年・松竹蒲田)で八重ちゃんの母親に扮した 飯田蝶子 は語っている。

「私の役は、姉娘が出戻りで帰ってきてヒステリーを起こしたりするんですが、島津さんは、わりあい気が小さくて、ハッタリが強くて、がんがんどなって、あとでお世辞を言う。このときも、大スターの岡田嘉子さんにはあまり言えないから、子飼いの私なんかに当たり散らして、それでこちらがふくれていると、そっと来て〝怒んなよ〟と言ったり、喫茶店でコーヒーをのませてくれたり、おもしろかったですね」               (『日本映画の誕生』平井輝章、フィルムアート社)

 こんな具合に島津は怒鳴りつけたり、無理をさせた俳優らを食事や酒に誘った。その時の島津の稚気あふれる歓談が楽しくて、シゴキにあった吉村公三郎や木下恵介などがその辛さや恨み辛みを忘れ、逆にオヤジの虜となって、彼に尽くしたわけである。

 監督(ひと)それぞれに、人との接し方というものがある。

 島津も小津も同じ江戸っ子(もっと言うなら五所平之助も中村登も渋谷実も江戸っ子だ。さらに言うなら溝口健二も成瀬巳喜男も!)だから、役者の〝操り方〟〝あやし方〟が似てくるのはそのせいかもしれないが、やはりコレは 松竹蒲田・大船の伝統 であろう。 〔続く〕


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