巨匠のムチャブリ-黒澤明 『トラ・トラ・トラ!』事件の真相 その6

◆ 「果たし状」にキレまくる!

 黒澤監督が助監督を殴った、といわれる【果たし状事件】は撮影開始からちょうど1週間目のことである。撮影の合間に、黒澤監督が小道具で置いてあった山本五十六長官の日誌をめくっていたら、その中にヤクザ映画で使用される「果たし状」(ヤクザ間のケンカの宣戦布告状)が紛れ込んでいた。ヤクザ映画が死ぬほど嫌いな黒澤監督だけに、その表情はみるみるうちに蒼白になり、怒髪天を衝くほどに怒り出した。すぐさま助監督達をステージに集めて、事の次第を問いただし、怒りにまかせて彼らを殴りつけた

 これには、黒澤監督自身が殴ったという説もあるが、実際はチーフ助監督の大澤豊に小道具担当の助監督を殴らせようとしたらしく、大澤助監督は、それはできませんと拒否し、クビにされる(それ以後も大澤は裏方として準備作業は担当するも、撮影現場には出入り禁止となる)。殴った後、黒澤監督は、自分や自分の仕事を粗雑に扱われた悔しさから、控え室でうずくまって泣いていた、とも言われる。

 前述の『嗚呼!活動屋群像』の土橋監督によると、その時、山本長官の日誌に挟まっていたのはヤクザの「果たし状」ではなく、
 
 時代劇で使う盗人、盗人人別帳を綴じてあった。今で言う手配書、なかには似顔絵のあるものまで綴じてあった。…(略)…。              (『嗚呼!活動屋群像』土橋了、開発社)

というが、もし混ざっていたのがその似顔絵だったとしたら、それを見た時の黒澤監督の表情はいかようなものであったか。鬼か!般若か!

 土橋監督は続けて、

 天下の黒澤組でもこのような初歩的なミスをするんだなあと、へんな感心をした。
                                   (前掲書)


と書いているが、この時の助監督たちは勝手知ったる東宝時代の〝黒澤組〟ではない。
 現場を仕切っていたチーフの大澤豊は山本薩夫監督や勅使河原宏監督についていたフリーの助監督で、B班監督で本隊のA班(=黒澤組)より先に撮影を始めていた佐藤純弥監督も東映の監督で、東宝とは縁もゆかりもない。
 この助監督殴打の話を聞いた佐藤が、ロケ先の北海道から急遽、京都に戻り、黒澤監督から事の次第を聞き、お怒りはごもっともですが、殴るのはいかがなものでしょう、と意義を申し述べたら、

「佐藤君、映画はヒューマニズムじゃ撮れないよ」
           (『キネ旬ムック 黒澤明 天才の苦悩と創造』キネマ旬報社)

と言った話は有名である。

 伝統的に、日本の映画の製作現場では監督と助監督、また監督とスタッフにおける主従関係は、江戸時代以来の封建制の名残といってもいいような、厳しい徒弟制であって、この1960年代当時にはそんな気風が根強くあったし、戦前などは監督が助監督を殴るなんてことは当たり前だった(後に紹介する松竹蒲田の大監督 【島津保次郎】【清水宏】 で解説する)。

 また黒澤自身も常々「監督は戦時における司令長官、スタッフは兵隊」と軍隊の階級制で譬えていたりもしている。
 黒澤は自分が描く映画の主人公に必要以上に没入していく人だから、おそらく『トラ・トラ・トラ!』でも主人公の山本五十六にのめり込んでいたはずである。あたかも自分が山本五十六になったつもりでスタッフを指揮していた形跡がなきにしもあらず。いや、指揮するもなにも、助監督を並ばせて殴るなんて行為は日本帝国軍の仕置き(精神注入!)そのものだから、すでにこの時、黒澤はもうすでに山本五十六そのものであった。

 後に黒澤監督は勝新太郎『影武者』 (昭和55=1980年)を撮り始め、勝と対立して彼を降板させた。後年、勝は降板の際の理由を尋ねられて

「俺は武田信玄なんだから、(黒澤)監督ごときの言うことは聞けない」
という旨の抗辯を述べたが、なんとなく軍神・山本が乗り移った黒澤監督の言い分と似通っている気がする。  〔続く〕


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