巨匠のムチャブリ-黒澤明 『トラ・トラ・トラ!』事件の真相 その8

◆ なぜ東宝ではなく東映で撮ったのか?

 【黒澤明 『トラ・トラ・トラ!』事件の真相 その1】から『トラ・トラ・トラ!』製作の過程で起った5件の事件について紹介してきた。ここらあたりで、すでに“黒澤監督、一体どうしたんだ?”とか“黒澤天皇はどこへ行っちゃうンだろう……”といった、暗然とした感じを持たれた向きもあるかと思う。

 『羅生門』 (昭和25=1950年)で国際的な映画賞を獲得し、この日本映画界初の快挙でもって戦後の日本に勇気と自信を与え、 『七人の侍』 (昭和29=1954年)のような超大作を仕上げ、昭和30年代後半には 『用心棒』 (昭和36=1961年)から始まるエンターテインメント巨編ラッシュを実現させた、当時の日本映画界で唯一世界に通用すると思われていた大監督が、この昏迷ぶり、大迷走である。確かに映画製作につきものの細かい行き違いや計算外のアクシデント等もあっただろうが、それにしてもトラブルが多すぎる。それも黒澤監督発信のトラブルがやけに多い。
 それは 何故 か?

 と、ここでまた誰もが疑問に思うこと--つまり元々、東宝育ちの黒澤監督が大嫌いなヤクザ映画で隆盛を誇っていた東映京都のスタジオで、何故 撮ることにしたのか、について解説しておきましょう。スタジオを東映京都にするに当たっては、まず黒澤監督と古巣・東宝の抜きさしがたい対立があったのです。

 よく東映京都で撮ることになった理由として、スタジオのレンタル料が東宝の東京砧撮影所より東映の京都太秦撮影所の方が安かったから、と言われているが、実際は黒澤監督自身が「東映京都で撮れ」と執拗に厳命したことに始まっている。正確には「東宝以外のスタジオにしろ」と命じたのだが、これは東宝が黒澤監督が社長を務める製作会社・黒澤プロダクションと結んでいた製作契約において、黒澤プロ側に非常な不利がある、ということを監督が知ったからだ、と『黒澤明VSハリウッド』では指摘している。

 東宝が黒澤プロ側と結んでいた契約は、黒澤プロ(黒澤監督)が製作費や撮影日数を超過するとその分、黒澤側の負担が増し、その後の配収分配にもマイナスに影響してくる、といった伶俐な契約であった。なのに、 堀川弘通の『評伝 黒澤明』(毎日新聞社) によれば、黒澤映画のシンボルともいえる東宝の大スター・三船敏郎の三船プロの方には製作費を無利子で貸して優遇していた。それに引き換え、東宝は黒澤プロには利子付きで貸していた、という事実もあった、という。

 こうした事から黒澤監督はこの時期、かなり強健に東宝を忌避していた。確かにこうした経緯を知ると黒澤監督の東宝嫌悪も分からなくはない。だが黒澤監督による完全主義を貫く映画製作に対しては、そうしたキツい条件をつけないと収まらないだろう、といった懸念が東宝側にはあった。それも充分理解できる。
 つまり『七人の侍』や『隠し砦の三悪人』 (昭和33=1958年)を頂点として黒澤作品は、常に製作費やスケジュールを大幅にオーバーしてきた。黒澤明は金の掛かる巨匠で、世界に出しても恥じない名作を作るけれど、そのすべてが大ヒットするわけではない。不入りとなれば、製作費で大赤字を出しているのだから、大・大赤字になる。肩代わりするのは東宝だ。
 ゆえに東宝が黒澤プロに示した作り手が不利になるような契約は「せめて製作予算・スケジュールをそこそこ守るように撮ってくださいよ」という事前のやんわりした釘刺し、足カセだったハズである。

 だがこの契約内容の細部(カラクリ)を知った黒澤監督はキレた。以後、極度の東宝嫌悪となって、旧知の黒澤組の人々をも退けて、東宝以外の撮影所で『トラ・トラ・トラ!』を強引にクランクインさせるに至る。その場所が彼が最も嫌っていたヤクザ映画を作ってアテていた東映京都だった、というのは、もうドラマチック・アイロニーというしかない。

 このドラマチック・アイロニーという言葉、〝はまりこみたくない境遇を拒否すればするほど、その境遇にはまりこんでいく〟というシェイクスピア悲劇の特徴を表現した用語で、『黒澤明vsハリウッド』の中で紹介されている。黒澤監督がシェイクピアを愛好しているのは知っていたが、具体的にシェイクスピア作品のどういう要素に惚れ込んでいたのかは『黒澤明vsハリウッド』を読むまで知らなかった。田草川氏が『トラ・トラ・トラ!』の日本語版シナリオを英訳する際、監督と雑談した中でその事実が出て来たのであろうが、これは貴重な発見だと思う。

 さてドラマチック・アイロニー、言い換えれば〝ミイラ取りがミイラ〟だが、この譬えの通りに、黒澤監督の映画製作は、陥るまい陥るまいとあがきながらも、ますます暗愚な泥沼にハマリ込んでいく。
 そしてその積もり積もった過重なストレスは、やがて外側に向かって大爆発することになる。〔続く〕


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