Coffee Break - 排除される変革者、松竹を変えようとした人々 <その9>

◆ 短命に終わった狩谷体制・・・その終焉 <前篇>

 西河監督が語った狩谷の言葉--

    「木下恵介と川島雄三だけは、私が所長をしていなきゃ監督になれなかった」

 --は、短い間でも大船の撮影所長を勤めた狩谷太郎の大いなる自負心の現れととってもいいと思うが、この他にも狩谷は、今ではよくあるが、この当時はまだどこの映画会社もやっていなかった、映画タイトルが平仮名だけ、という作品を公開してヒットさせたりもしている。

 次長から所長になるかならない頃、大庭秀雄監督の『むすめ』が封切られました。
 この題名がなかなかきまらず、揚句の果て、狩谷所長発案の、今までなかった平仮名だけの『むすめ』にしたところ、内外に評判がよく、入りもよかったとかで、その後、渋谷実監督『をぢさん』、原研吉監督『おばあさん』と、平仮名の題名映画が続き、とくに『おばあさん』は飯田蝶子さんの主演で、久し振りの大ヒットになったそうです(十九年一月封切作品)。
      (『松竹大船撮影所前松尾食堂』山本若菜、中央公論社) ※〔〕内、ジャズ野郎註


 本当は、タイトルを平仮名にするなんて事よりももっと大胆なことがしたかっただろうし、変えたい事もいっぱいあっただろう。何せ、この戦争末期の大船撮影所には城戸四郎はいなかったし、暴君・清水宏監督もいない。
 そして大船の良心ともいえる小津安二郎監督も戦地にあって、大船にはいない。

 この小津の3度目の応召に関しては、戦争映画の企画の 『ビルマ作戦 遙かなり父母の国』 や、接近してきた軍関係者(特務機関の光機関)から小津は戦地で映画を撮るように懇請され、インドの独立運動家 チャンドラ・ボース(スバス・チャンドラ・ボース) の企画(『オン・トウ・デリー』、邦題 『デリーへ、デリーへ』 )などを持って、シンガポールへ軍報道映画班として派遣されたのであるが、実はこの裏には狩谷の思惑があったようである。

 そして小津先生も小津組のスタッフを連れてシンガポール(だったと思います)へ行かれることになりました。
 松竹が陸軍の要請を受けて、南方軍の活躍を撮るためでした。
「陸軍からの監督の指名はとくになかったが、小津監督は何となく煙たいので、小津さんにきめたのだ」
 と、当時の撮影所長・狩谷太郎さんが、後年述懐されました。         (前掲書)


 〝小津監督は何となく煙たい〟とは、やはり小津は城戸の敷いたディレクター・システムに安住する大御所であったから、狩谷がそれをプロデューサー・システムに転換しようとする時に、城戸の次に厄介な存在になると踏んでいたのであろう。

 それにしても、戦地へ送る撮影隊の中心人物(責任者)として松竹から大監督の小津が選ばれた、のではなく、その人物は実は誰でもよくて、狩谷太郎が独断で選んでもいいというような、そんな安易な、打算的な操作が入る <いい加減な選定> でもって、小津安二郎が戦場に征かされた、とすれば、それは由々しきことではないか。
 狩谷太郎が大船でやった事、やろうとした事について、その大半は賛成できるとしても、この小津出征の件だけは、ジャズ野郎はいただけない。







 それはともかく--川島雄三のデビュー作での批評面・興行的での失敗、木下惠介の『陸軍』が軍部の逆鱗に触れるなどなど、行動は意欲的だが実が伴わない、というような批判が狩谷の周囲に巻き起こったことは想像に余りある。
 松竹外にいて、大船の状況を眺めていた城戸にも狩谷のやらんとしている事は、大船に残してきた城戸の息のかかった者から情報が入っていたであろうから、元専務の威光をかざして裏からじわじわと失脚させる手はずを整えていたとも思われる。
 やがて松竹上層部の意向や撮影所内の空気が自分に対して冷たくなり、締め付けがきつくなっていく。
 そうした動きに対し、煩わしく息苦しく感じていた狩谷は大船を去っていく。

 十九年十二月木下監督の『陸軍』が封切られましたが、この制作には、監督は勿論所長も又、大変な力の入れようで、軍部他様々な困難があったようですが、それを乗り切り、出来上がった作品は、それだけに見ごたえがありました。田中絹代さんが、整然と前進し続ける一聯隊の兵隊さんの中から、わが子を一目と捜し求める、あの長いシーン……入りもよく所長の鼻を高くしました。

 この頃から、店を「帝国人絹軍需部」に貸してしまい、〔山本若菜の〕父は病床に臥しました。
 狩谷所長は父を見舞い、近々所長をやめると打ちあけました。父は、
「それがいい、ここはあなたの来るようなところではない」
 と言い更に、
「若菜は一生お宅へ伺わせます」
 とはっきり言いましたが、数日後の二十年七月十五日病歿し、あとに母と五人の娘(若菜、さくら、葵、檀〔まゆみ〕、篝〔かがり〕)がのこされました。
 そして、その涙も乾かぬ二週間後、狩谷所長は大船を退陣しました。
                              (前掲書) ※〔〕内、ジャズ野郎註


 昭和20年(1945)の7月15日に、山本若菜の父が亡くなり、その2週間後に狩谷体制は退陣した、とすれば、狩谷太郎は日本の終戦を待たずに大船撮影所を追われた、ということになる。           〔続く〕


< 『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、
  『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、
  伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの
  確執とともに描いた、
        『 ラストシーンの余韻 』 〔電子書籍版〕、
                アマゾンkindleストアから発売中! >





スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

The Food Court ♪

いっぱい食べるキミが好き~ ♪♪♪

SPORTS & CASUALS ♪

いっぱい遊ぶキミが好き~♪♪♪

お役立ちエリア ♪

ナイスな便利グッズ&サービスをご提供!

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

『 ラストシーンの余韻 』 発売中!
映画ライター・高村英次、初の書き下ろし長編 『 ラストシーンの余韻 酒乱と失態、女難と頑迷、監督・溝口健二の狂おしき人生 』

高村英次

Author:高村英次
電子書籍版はアマゾン Kindleストア 及び 楽天ブックスから、紙の書籍版は製本直送.comより発売。直近の各コラムの末尾にある発売告知から販売サイトに遷移、またはポップアップ画面が出ますので、そこで購入できます。 

< プロフィール >
血液型:A型
趣味:サイクリング&ウォーキング&クッキング、デジカメでの写真・動画撮影
好きな場所:札幌ドーム、中島公園、中央図書館、豊平川
好物:コーヒー、ジンギスカン、スープカレー、ラーメン、「ロイズ」のソフトクリーム、「シャトレーゼ」のアイスバー・ピュルテ(塩キャラメル味)、びっくりドンキー、はま寿司、セイコーマート

My Blog Visitors
CAT TIME !
Calendar

Le TAO ♪
駆け足でやってきた秋、甘味満喫 ・・・ ルタオです ♪♪♪
FC2 ブログランキング
FC2 Blog Ranking
[ジャンルランキング]
映画
618位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
邦画
20位
アクセスランキングを見る>>
リンク
最新記事
松尾ジンギスカン ♪
北海道の郷土料理にしてベスト!
カテゴリ
月別アーカイブ
リーズナブルな旅をご案内 ♪
書を捨てよ、旅へ出よう~ ♪
Amazon DVD RANKING
イチバン人気の映画をチェック!
検索フォーム
最新コメント
MAIL BOX
名前はハンドル名でOK、文面は公開しないので、お気軽に!

名前:
メール:
件名:
本文:

最新トラックバック
QRコード
QR