Coffee Break - 排除される変革者、松竹を変えようとした人々 <その11>

◆短命に終わった狩谷体制・・・その終焉 <後篇>

 狩谷太郎は昭和17年の暮れか昭和18年初頭に大船にやって来た。

 その時、彼はまだ大船撮影所の撮影所次長であり、城戸所長が退いた後、短期だが所長を務めた白井信太郎に変わって大船撮影所長に就任したのは昭和18年後半。山本若菜の書いた『松竹大船撮影所前松尾食堂』によれば、終戦を2週間後に控えた昭和20年7月末に狩谷体制は退陣し、その後、狩谷は松竹を去った。
 すると狩谷所長時代というのは2年弱という事になるが、彼はこの時、ディレクター・システムの松竹大船をプロデューサー・システムに転換しようと動いた。こうした〝先進性〟〝合理性〟が旧態依然を良しとする松竹上層部に嫌われ、退陣に追いこまれた、ということはすでに書いた。

 狩谷太郎と「松尾食堂」の山本若菜の道ならぬ関係については、何度も触れてきたが、長いこと〝日陰の身〟であった山本は、

 四十四年秋、狩谷さんの奥様の三回忌がすんでから、私は狩谷さんと結婚しました。
 四十六年秋、狩谷さんは亡くなりました。
 …(略)…。
 もう一度、人間に生れ変ることが出来るのなら、私はまた女に生れて……もう一度、狩谷太郎と恋がしたい……。
                  (『松竹大船撮影所前松尾食堂』山本若菜、中央公論社)


とあるように、不倫の仲であった事には何の後悔もないばかりか、〝また狩谷と恋がしたい〟と書いているくらいだから、彼女は、一生涯、狩谷のことを愛していたようである。
 山本若菜にこんなふうに想われている狩谷太郎という人は、オトコしてもたいそう魅力的で、ダンディで、優しい男性だったのであろう。
 狩谷の本妻が亡くなってから結婚したとあるが、それまでの間、どういうふうに付き合っていたのか。『松竹大船撮影所前松尾食堂』には具体的に書かれていないので、二人の様子が分からない。(余計なお世話だが)それがちょっと残念だ。





 しかし、川島雄三のトンチキな行動を巡って、狩谷と山本が揉めた面白い話があるので、それを紹介してこの稿を終わることにする。それは戦後、川島がようやく一本立ちし、売れっ子監督として重用され出した時のこと、その頃、川島は「松尾食堂」の二階の空き部屋を下宿代わりにして寝泊まりし、山本家の若葉やその妹達を呼んでは、夜な夜な自分の身体を揉めませていた。

 川島さんは寝る前に必ず指圧を要求しました。足の裏は、妹達が交替で踏みましたが、指圧は私のかかりでした。ある夜、私は、
「いつまでやっていたってきりがないんだから、もういいでしょ」
 と、指圧をやめ、蒲団を掛けて立ち上がると、
「キッスンして……」
「えッ?」
「おでこにキッスンして……」
「やだァ……」
「ねえ、キッスン……」
「駄目よッ」
「おでこだから、カマイマセン」
「おでこ……」
 私は思いました。「そういえば外国映画ではちょっとした挨拶がわりに、頬や額にキッスする……別に、どうってことないんだわ」と。
 そこで私は、言われる通りにしました。
「もう一度……」
 私はまた唇を額に当ててやりました。
「もう一度……」
「もういいでしょ、早く寝なさいよッ」
「ねエ……もう一度だけ……」
「ええッ、めんどうくさい、いっそお口にしましょうか」
 私は唇を突き出してみせました。

 川島さん大慌て、
「いけません、狩谷さんに悪いデス」
 と言うと固く口を結びました。
「ああ、お休みなさい」私はさっさと下へ降りました。

 このおでこのキッスを狩谷さんに話したら(唇を突き出したことは伏せましたが)狩谷さんは真青になって、私に往復ビンタをあびせました。                        (前掲書)


 川島が背広やコートを着ようとすると、筋萎縮硬化症のためになかなかうまく着られない。それを見かねて女優などが手伝うと、「やめてくれ!」と邪険に振り払った、という同情されることを嫌った後年の川島を知るファンとしては、下宿の女性に甘えるヤニ下がった川島雄三というものは相当に情けなく思うけれども、しかしこの〝身内の女にとことん甘ったれる〟態度はいかにも川島雄三らしい。

 「いっそ口にキスしようか」とふざけた山本若菜に「狩谷さんに悪いデス」と言ったというのも面白い(川島雄三にしちゃ、律儀でマトモじゃないか!)。
 狩谷と山本の仲は撮影所内で知られていた事だったようで、川島としても自分を監督に昇進させてくれた狩谷にやはり恩義を感じていた。

 そして、このキッス話を聞いて狩谷が山本を往復ビンタした、というのは、いかにもこの時代の普通の男だなあ、という気がする。

 狩谷太郎は普通の、一般の良識ある男性だった。だが彼の所長時代が短命に終わったのは、その善的な、良心的な普通さ、ゆえであった。           

          〔完〕 ・・・ 他の〝変革者〟については、またいずれご紹介。


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