巨匠のムチャブリ-野村芳亭、知られざる巨人 その5

◆伝説的な監督デビューとその真相

 大正9年(1920)になって松竹が映画製作に乗り出す。だが、急遽、かき集めた演劇関係のスタッフで作った作品は一般に公開できるようなレベルには達せず、凡作というよりも「映画」以前といった代物ばかり。しかも製作は遅延に次ぐ遅延で、金が湯水のように浪費された。これではまったく採算が採れず、商売にはならない。
 そこで短期間・低金額で手際よく映画を作れる人材がいないものか、と思案した大谷は、蒲田撮影所設立の際、理事の一人に加えていた野村芳亭を呼んで、映画を監督してほしいと依頼する。
 芳亭はこの監督依頼を受けて初作品を撮るのだが、この芳亭の監督デビューは松竹社内では〝伝説〟になっている。戦中・戦後の一時期、松竹に籍を置いていた新藤兼人監督が自著『小説・田中絹代』(読売新聞社)でその〝伝説に〟に触れており、そこで引用している『松竹七十年史』によると、

野村は…(略)…当時は本郷座の新派頭取兼松竹キネマ理事、営業部顧問の地位にあったのを、所長の白井信太郎が〝商売になるものを一本作ってほしい〟と依頼したことから、この実現となったものである。
 

と記されており、新藤監督はこれに続けて、

 助監督もしないでいきなり一本撮ったのだから恐るべき才能である。
                        (『小説・田中絹代』)


 と書いているが、すでに述べたように芳亭は連鎖劇で映画製作に携わり、現場を指揮していたから、〝助監督もしないで…〟という指摘は当たらない。
 最初に大谷竹次郎から監督オファーを受けた時、芳亭は受諾の返事を保留した。なのに「まずは1本撮ってみる」と言って、すぐに初監督にあたったという。だから初めから監督業をやり通す自信と余裕は十二分にあったと思われる。

 芳亭は題材を当時の新聞ネタに求め、それを元にしたストーリー(粗筋)を助監督(後の監督・池田義信)に口立てて書かせて、翌日、撮影して全巻を撮り上げた。
 この作品『夕刊売』 (大正10=1921年)は上映時間約40分(全4巻)と短かいものだったが、「構想」1日、「撮影」1日のたった2日間で仕上っており(ポスト・プロダクションを含めた総製作日数は3日らしい)、製作費も安く上がった。
 この正味2日で仕上げたこの映画が大ヒットする--この事実はすごい、まさに〝伝説的〟なサクセス・ストーリーと呼べる壮挙である。これで芳亭の株はグンと上がった。
 当時、映画はまさにニューメディアの花形で、物珍しいエンターテイメントだったから、何を封切っても客は来たが、映像が粗雑な作品や芝居や筋が不出来な映画に客は来ない。ゆえに、見よう見まねで撮った処女作が大ヒットした、という事実は凄いことであり、この強運が野村芳亭の身上であろう。そしてこの運の強さは後々まで芳亭監督について回る。




 『夕刊売』は新聞記事から採った、新聞少年の日常をスケッチした物語。つまりどこにでも転がっている市井の実話が元ネタであり、原作料のかかる大作家や文豪の名作ではない。よって著作権料のような余分な金がかからない。この省コスト志向も、会社側に気に入られた。
 ただこの新聞ダネを題材にしたという話には諸説あって、『人物・松竹映画史 蒲田の時代』(升本喜年、平凡社)によれば、この『夕刊売』は『二人夕刊売』というアメリカ映画が元ネタにあったようである。その内容紹介を新聞で読んだ芳亭監督が自己流に改変したものらしい。だとすれば、まさにパクリだが、その辺は厳しく詮索せずともよかろう。

 なぜなら、新聞に載った記事(事件)を映画にする、なんてことは今も昔も日常茶飯事なのだから。
 ロバート・アルトマン監督に『ザ・プレイヤー』 (1992=平成4年)というハリウッド映画界を皮肉った辛辣な業界ミステリーがあるが、この中でピーター・ギャラガー扮する若手の新進プロデューサーは、企画会議の席上、

「題材はどこにでも転がっている、この新聞の中にもゴロゴロ転がっているゾ」

てな事をのたまってテーブル上の新聞を指し示すワン・シーンがある。映画の題材、ネタのとり方というのは、いつの時代も、そしてどこの国でも同じって事なのである。

 そして、市井の人々の生き様を描く、という芳亭監督の着眼は、いわばハリウッド映画の定番メニュー。黎明期の日本映画において、最初にそこに目をつけた芳亭監督は、やはりさすがと言うべきでしょう。〔続く〕


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