ある痛切 - 小津安二郎にドヤされた男 -<第20回>

◆ 誰もが小津を畏敬し、好きになる (6)


茅ヶ崎館 大
▲ 現在の茅ヶ崎館(神奈川県)
出典:ブログ「Find Travel」より「貴重!文化財の名旅館5選」 http://find-travel.jp/article/17570


 というようなわけで、小津安二郎は大監督であるばかりでなく、〝常にそこにいてほしい〟というような徳の高い、映画界のご意見番であるのだが・・・これは公正を期すために書いておきたいのだが・・・ただのいい人、善人、聖者、何人を赦し、些末なトラブルを甘受するいい爺さん、温顔な大人というわけではない。
 片方にはそれとは真逆の、辛辣で、時には嫌みがましい毒舌を吐いて、若者に食ってかかるクソジジイといっていい、作家特有の邪悪な本性がある。

 先に、読む度にオイオイ泣いてしまうと書いた『小津安二郎に憑かれた男 美術監督・下河原友雄の生と死』の中盤は確かに涙を誘うよなイイ話だが(後半は下河原友雄の話になっていく)、前半にはそれこそ「このクソジジイめ!」と思えるような逸話が載っている。
 著者の永井健児が松竹の脚本家たちが、当時、シナリオ作成時の定宿としていた旅館・茅ヶ崎館にいる小津を訪ねた時のことである。永井は小津に会うのがこれが初めてで、映画好きの永井は最近観て感激した黒澤作品『酔いどれ天使』『野良犬』のことを小津に問われるまま蕩々と述べる。温顔で聞いている小津は、しかし内心では若いアンチャン(永井)がべた褒めする黒澤評(黒澤作品の高評価)が面白くない。

〔小津〕「ほう--、〝黒澤狂〟か。まあいいじゃあないか。ボク、黒澤のシャシンで一番いいと思ったのは何かね」
〔永井〕「はい、去年のはじめ頃までは、『酔いどれ天使』に感動していましたけど、『野良犬』を見てから、娯楽としても芸術性という面でもあれが黒澤の傑作だと思いました」
    …(略)…
 小津はアゴの下を手でつまむような仕草を続けながら、ニヤニヤして盃を口に運んでいた。野田〔野田高梧、小津とシナリオを共作する脚本家〕も、眼鏡の奥の目を細めて私を見えいる。
〔小津〕「具体的に、ボクは『野良犬』のどんなところに魅かれたのかな」
〔永井〕「--はい、まず、盗まれた自分の拳銃で犯罪が起きては困ると、それを探し出すべく犯人を追い求める兵隊服姿の若い刑事、三船(敏郎)の執念みたいなものが、油ぎってギラギラ観客に迫ってくるダイナミックさです」
〔小津〕「そうか。それから……」


 小津は永井をノセて、『野良犬』のいいところをどんどん言わせる。若いから褒められて嬉しくて、永井は持論を展開していく。巨匠の小津の前で、それを聞いてもらえるなんて夢のような話だし、小津自身がニコニコとそれを喜んで(ココがクセものなのだが)聞いてくれているから、舞い上がったような感じになる・・・永井さんならずとも映画ファンなら、この気分、判らないではない。
 同時に小津は自作の『晩春』(昭和24=1949年)はどうだったと聞き、〔松竹作品は木下惠介の『破壊』しか観ていなかった〕永井が観てないというと残念がり、黒澤を含めた東宝の作品についてしつこく質問した。永井が自分の『晩春』を観ていないと聞いた小津は--

「それは残念だなあ。永井評論が聴けないわけか。それはそうと、いつか見る機会もあるだろうが、わたしの作品はダイナミックじゃあないんだが、それでもいいのかなあ」
「ギラギラしていないってことですか」
    …(略)…。


 小津、下河原友雄、永井、野田高梧らの昼から続いた、きこしめしながらのダベリ会というか夕餉(というか晩酌、飲み会)に、松竹の脚本家・斎藤良輔が加わる。永井の『酔いどれ天使』評が続く。

「メタンガスが湧いているような水たまりがあって、近くに転がっているドラム缶からしみ出した油がどろんこ道や水たまりに浮かび、ギラギラしているような場末の……」
「またギラギラか。ボクは油ぎっているムードが余程好きなんだなあ」
「またギラギラってなんですか」
 斎藤が小津に訊く。
「いや、昼間『野良犬』の話の中で、太陽がギラギラとか、流れる汗がなんていろいろ出て来たんだ」
「なる程、〝ギラギラ青年〟ですね」
「うん。そこで下ちゃん〔下河原友雄〕がうまいことを言った。俺のシャシンは、ギラギラじゃなく、キラキラとね」
「うーん、なる程。トンカツより豆腐ってわけですね」
 斎藤のひと言で部屋の中に笑いがはじけた。…(略)…。



野田高梧と小津監督
▲ 茅ヶ崎館のお気に入り「二号室」で、野田高梧(右)とシナリオ執筆中の小津監督。
出典:Web版 有鄰(有隣堂) http://www.yurindo.co.jp/static/yurin/back/385_4.html


 この時の黒澤評から永井は小津達に〝ギラギラ(青年)〟と呼ばれるようになるのだが、この宴会、一見なごやかに見えるが、実は酒にまかせて、つまり酔ったフリをしながら、小津が若者の映画観、自分の作品への興味などを周到にチェックしていることがわかる。そのしたたかさ(貪欲さ、嫉妬!)・・・それがなんとも、私には恐ろしいものに思われる。

 小津ではなく他社の監督(黒澤)を褒めちぎった当の永井本人も、この時、そのことを感じていたようで-

 この日、小津は上機嫌のようだった。しかしあとから思えば、小津の目が心から笑っていないのを私はなんとなく感じていた。
 私の感じたことが現実になるのは、これから一ヵ月半位あとの京都ロケの時になる……。
             (以上『小津安二郎に憑かれた男 美術監督・下河原友雄の生と死』
              永井健児、フィルムアート社)    ※〔〕内、ジャズ野郎。


 この時、小津の内部にため込まれた鬱屈は、後に自作『宗方姉妹』の撮影に参加した永井に向かって、情け容赦なくをブチまけられるのであった(前に紹介した、電蓄を変えてくれ、の話)。 <続く>


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