ある痛切 - 小津安二郎にドヤされた男 -<第22回>

◆ 誰もが小津を畏敬し、好きになる (8)


小津監督のお墓 大
▲ 北鎌倉・円覚寺にある小津安二郎監督の墓。墓石に大きく「無」の一字はつとに有名。
撮影:Mike 


 私は小津監督に関する膨大な書物のうちの、まだそのほんの数冊を読んでいるに過ぎない。それも『ラストシーンの余韻』という溝口健二監督の評伝を書くために、溝口の周辺取材をする「ついで」に読んでただけなので、正確な小津安二郎像なんてものは見えていないし、だから書けない。

 ただ、それでもいろいろ目にしたり読んだりした話を自分なりに考え、分析し、推理していくとそれなりの小津像というものができあがってくる。もう、15年以上前になるけれど、北鎌倉は円覚寺にある小津監督の墓を訪ね、お参りしてもいるから、その時の記憶もちょっとある。だからかもしれないが、なんとなく「こういう人かなあ」という漠然としたイメージ--泰然とした大人(おとな)の像が浮かぶのである。

 ただ、そうした時でも、しばしばよく理解できない像が出てくる。

 例えば、小津安二郎がまだれっきとした巨匠となる前の昭和初期(それは小津作品がキネマ旬報のベストテンに3年連続で1位を獲得した、昭和7~9=1932~1934年より前 ※1)、小津の組に小川二郎というチーフ助監督が就いた。この男は当時売れていた松竹蒲田の脚本家・小川正の弟だったが、怠け者で仕事はいい加減で雑、おまけに素行も良くないという人物で、その下についた助監督たちはいつもウンザリする目に遭っていた(※2)。その時、小津組の一員で小川の許で働いた佐々木康〝ズーさん〟の愛称で知られる)は書いている。

 清水〔宏〕監督の書生として八カ月を過ごした私は、小津安二郎監督の助監督に付くことになった。…(略)…。そして、清水監督、小津監督以下には二人の助監督という決まりだった。…(略)…。
 なぜ、小津組に入ったのかと言うと、小津監督には助監督が一人しかいなかったのである。みんな小津さんの下で働きたいのだが、チーフ助監督の小川二郎という人物の評判がすこぶる悪く、その下に付こうという者がいなかった。そこで、小津監督が助監督として仕えたことのある大久保忠素製作部長と小津さんが責任を持つということで、私が小津組に行くことになった。…(略)…。
 私が初めて小津安二郎監督の助監督として付いたのは、高田稔、田中絹代主演の『大学は出たけれど』(昭和4年作品)という作品だった。…(略)…。


 佐々木以下、小津組の助監督たちは評判の悪い小川チーフに従ってなんとかやっていたが、『朗らかに歩め』という小津作品の時、ついにズーさんはキレる!

 『朗かに歩め』(昭和5年作品 小津安二郎監督)の撮影のときのことだ。小津監督から小道具を取ってくるように命じられた小川が、自分は座り込んだままさも監督であるかのような口調で「おい、佐々木、おまえ取ってこい」と言ったのである。ちょうど雨の日で、セットの中はあちこち雨漏りがしていた。小川はおろしたての雪駄をはいており、それを汚したくなかったのである。日頃から積もりに積もっていた小川に対する鬱憤が一気に爆発し、大森にあった下宿に帰ると、小川を嫌って小津組をやめた深田〔金之助〕という助監督を呼んで二人で焼酎をあおった。
「おれ〔佐々木〕は、まだ大学に籍がある。あんな奴の下で働くくらいなら、おれは会社をやめて大学に戻る」。
そんな気持ちだった。本当に、翌日から会社を休んだ。
        (以上(『楽天楽観 映画監督佐々木康』佐々木康・著、佐々木真・佐々木康子監修、
                            円尾敏郎・横山幸則・編集、ワイズ出版)



 おろしたばかりの雪駄を汚したくない、などという他愛のない小川のわがままに頭にきた佐々木康は、後(戦後)、共に東映に移って時代劇を撮ることになる深田金之助とやけ酒を呷り、サボタージュを決め込んで小津の現場をボイコットした。これで「松竹蒲田を辞めることになってもいいや!」と腹を決め、思い詰めたそれは彼の映画人生最大の危機であった。 <続く>

※1 「3年連続ベストテン1位」 その小津作品は、『生まれてはみたけれど』『出来ごころ』『浮草物語』。
※2 小川二郎については、2013年12月20日付け【日本映画奇人伝-映画界の色事師 <その1-3>】の◆希代のプレイボーイ 福田蘭童 <後篇>、にも記述あり。


『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』で日本映画にリアリズムを打ち立て、『西鶴一代女』『雨月物語』などの名作を放った溝口健二の人生を、伊藤大輔・小津安二郎・黒澤明などのライバル監督&スタッフとの確執とともに描いた、
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