日本の映画監督 -〝チョコ平〟五所平之助の有為転変

◆ 東宝争議で嘲笑(わらわ)れた巨匠

 何度も名前を出している 五所平之助 は松竹映画を代表するれっきとした巨匠である。
 大店の跡取りながら妾腹の子で、実の母親と引き離されるなど辛い幼年時代を過ごしたことは先に触れたが、足の悪い末弟がおり、その夭折した弟の記憶をベースに『村の花嫁』 (昭和3=1928年)を作ったりする苦労人ではある。だが、時として臨機応変というか計算高いというか、抜け目なくいろいろに顔を出し、また手を出しては〝ヤブ蛇〟ってな形で、失敗することもよくあった。
 野村芳亭絡みでよく名を出してきましたが、五所はもともと同じ東京の商家育ちの島津保次郎の門下です。
 その助監督時代は、

 私が撮影所でコマ鼠のようにまめに動き回るので、「チョコ平」という渾名をつけられ、「チョコ平さん」と呼ばれてもそんな嫌な気がしなかった。…(略)…。   (『わが青春』五所平之助、永田書房)

 というように、チョコ平と呼ばれながら立ち働いており、この頃、松竹では新年には自社のスターを引き連れて地方に顔見世のサービス行脚に出かけるのが恒例で、大正13年の新春には九州へ初めてご挨拶回りに出かけた。当時の男性スター・岩田祐吉さんが頭で、五月信子、東栄子、柳咲子に梅村蓉子といった面々で、団長格はもちろん、芳亭監督であり、五所もこれに同行した。この時の五所の役目は--

 私は、東栄子さんの彼氏である小田浜太郎という一級撮影技師に秘かに頼まれ、旅行中の栄子さんの護衛の役を引き受けてしまった。            (前掲書)

 小田浜太郎 は野村芳亭とコンビの名カメラマンで、この頃、小田は蒲田女優の 東栄子(あずま・えいこ) とデキていたようだが、五所は京都で芳亭と柳さく子の逢瀬を段取ったように、ここでも小田の命を受けて東栄子のガードマン兼お目付役を仰せつかった。そして、この骨折りが小田から芳亭監督に伝わったものか、この後、五所は念願叶って野村組に助監督として引っぱられている。如才がないというか、なかなか巧いことやってるわけです。
 そしてついた作品が、【野村芳亭、知られざる巨人 <その18>】(4月7日付)でも紹介した、京都へ左遷される将軍さんが蒲田で撮った最後の作品『大尉の娘』というわけで、芳亭監督の後押しもあってその翌年の大正14年(1925)5月、めでたく監督に昇格する

 これだけを見るとなかなか世渡り上手に思えるのだが、監督になってからがなかなか大変なのである。
 監督になってその初期に2本の作品が お蔵入り(*1) されてミソをつけ(第2作『空は晴れたり』と第5作目の『当世玉手箱』だが、どちらも後に公開されている)、そこで丁度蒲田にやってきた田中絹代を得てヒット作(『恥しい夢』や『村の花嫁』)をモノにし、ようやく本調子( 『からくり娘』 )が出てきたと思ったら、大スランプ(昭和4~5年)と大失恋でとことん落ち込み、真剣にピストル自殺を考え、結婚するも愛妻を亡くすという悲劇に見舞われる。
 この妻が息を引き取った時、五所は出先にあって妻の死に目に逢えなかった。だが彼は横浜駅の駅頭で自分を見送る妻の姿を遠目に見ており、その時間はまさに妻の恵美子が病院で亡くなっていた臨終の刻だった・・・その妻の姿は亡霊(!)ということになる。
 五所の妻は元女優の春日恵美子であった。五所は日本初のトーキー映画『マダムと女房』(昭和6=1931年)を撮って長いスランプを脱したのだが、それを喜んだ矢先、この愛妻の死である。恵美子は妊娠しており、難産の末に母子ともに亡くなったわけで、五所は悲嘆にくれた。なんとも辛いことだが、この後、昭和11年(1936)には五所自身が肺結核に侵されて数ヶ月間、休養し、ようやく蒲田に復帰するも、今度は城戸四郎と喧嘩して松竹を辞めるハメに陥る(昭和16=1941年)・・・。






 まったく絵に描いたような波瀾の監督人生であり、大いに同情すべきところだが、五所が〝計算高い〟というのは、松竹を辞め、大映などで映画を撮った後、戦後に所属した東宝でのことである。ココで彼はまたもや東宝大争議という大嵐に見舞われる。『君の名は』などを撮った〝法皇〟こと大庭秀雄監督の話--。

……五所平之助って、あれ東宝に行ったでしょ。東宝争議があってね、昭和二十一、二年かな。大船来たんですよね。大船の監督にもいっしょに争議やってくれってわけじゃないけど、なんとなく声援してくださいっていう、儀礼的な意味でね。そこまではいいんですよ。帰りに所長室の月森〔月森仙之助〕に、
「東宝が今、ああいうことになってるから、何かあったら一本」
 って言って帰っていった。なんて奴だ。ある意味で、裏切り行為でしょ。人間としては、唾棄すべき奴だなあと思ったですよ。まあ、苦労もされたんだろうけどね。
(『人は大切なことも忘れてしまうから-松竹大船撮影所物語』山田太一 斎藤正夫・田中康義・宮川昭司・吉田剛・渡辺浩〔ゆたか〕、マガジンハウス)   ※〔〕内、ジャズ野郎註。


 仲間がみな自分の仕事や生活そっちのけで争議を闘っている最中に、自分一人が争議後の事を考えて「何かあったら1本」、つまり「1本映画を撮らせて頂戴ね、お願いね!」という売り込みをやっているというわけである。だから〝五所ってのはなんて奴だ、狡い、姑息だ〟と大庭監督は憤っているのだが、東宝争議でワイワイやってた五所は、その後どうなったかというと、「年寄りの冷や水だ」と周りから冷笑されるハメになる。
 よく〝来なかったのは軍艦だけ〟と言われる駐留米軍の戦車や戦闘機と警官隊が東宝撮影所を包囲した昭和23年(1948)8月19日--東宝の砧撮影所に立て籠もっていた組合員がついに撮影所を明け渡す--その当日、組合員達が撮影所を退去する際、五所はどういうわけか、その先頭を切って門を出る ことになり、それが写真やニュース映画に撮られてデカデカと出てしまい、やたらと目立ってしまった。ゆえに「よく頑張ったな」などと賞められるどころか、「いい年をして、今更、争議でもあるまいに……」と一部で揶揄されてしまうのである。

 そんなわけで五所平之助という人は、先の関東大震災の時に大阪に映画を見に行ってクビになりかけた事件もそうだが、時にやることがヘマである。そればかりか、紆余曲折の末に損をするというような、まことにドジな、オチャメな監督人生を送っている。どことなく憎めないお人であり、一時、彼がついた野村芳亭もそうした憎めない無邪気な部分をもっていたと言われる。 〔続く〕

※1 「お蔵入り」・・・映画作品の出来がひどく悪い、とか、映画会社の上層部にウケが悪かったりした場合、その作品の劇場公開を取りやめる事。またその未公開作品を言う。松竹の場合、お蔵入りの作品を作った監督は、再び助監督に降格させられる、というシビアなこともあった。幸い、五所はコレを免れているが、吉村公三郎や豊田四郎、渋谷実などは一旦監督になってから助監督降格を食らっている。


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