緊急寄稿  三國連太郎 <前篇>

◆ 勝手に他社作品に出ても、干されなかった男

 スターや役者さんについて調べる時は、一応、ベースとして俳優名鑑を参考にするわけですが、〝知ってるつもり〟だった男優・女優の生い立ちや出演歴、芸歴(フィルモグラフィー)などを確認して、改めて感心したり、発見したりすることが多々あります。

 そんな中で、〝この人はなんて人だろう・・・〟と絶句した俳優さんが一人いる。訃報が流れた三國連太郎である。

 例えば、この種の名鑑の中の定本のひとつ、キネマ旬報の『日本映画映画全集・男優篇』の「三国連太郎」を読んだ時がそうだった。この人は松竹のスター募集にパスして、名匠・木下恵介監督の 『善魔』 (岸田国士原作、善魔とは悪魔に対しての〝善魔〟)でラッキーなデビューをし、その後も木下作品に続けざまに起用されるが、東宝の大作時代劇 『戦国無頼』 (昭和27=1952年、稲垣浩監督)に出たくて松竹に無断で出演してしまい、これが松竹と東宝の間で問題となる。この頃はスターや有力監督の引き抜きを禁じた 五社協定 が出来る直前だったが、暗黙の了解みたいなものがあって、俳優個人の考えで勝手に他社の作品に出るなどということはできない。映画会社の上層部の方で交渉が成立しない限りは、円満な他社出演はできなかったのだ。
 にも関わらず、三國は『戦国無頼』に出てしまい、怒った松竹は彼を解雇する。三國は結局、専属スターとして東宝と契約することになる・・・とは、『男優篇』「三国連太郎」の解説の最初の要約だが、この本の解説には実情と違う部分がある・・・例えば、

 同年〔昭和25=1950年〕12月、松竹の〝あなたの推薦するスター募集〟に、倉吉時代に出入りしていた写真館の主人が、彼〔三國〕の写真を送ったことを知り、俳優になる気はなかったが電車賃を支給するという、それにつられて大船撮影所へ行く。面接を受けて帰ろうとすると、木下恵介監督の助監督をしていた小林正樹に呼び止められて木下に紹介され、大船へ研究生として入ることになり、やはり木下の助監督をしていた松山善三の推薦で折りから木下が準備中だった「善魔」の主役にいちやく抜擢される。……
                    (『日本映画映画全集・男優篇』キネマ旬報社)


 と書かれてあるが、写真館の主人が写真を送った、という件は真っ赤なウソである。本当は食うや食わずで銀座をブラついた時、『善魔』に出演させる新人俳優を捜していた松竹のプロデューサー・小出孝に偶然スカウトされて、キャメラ・テストを受けることになって映画に出るハメになってしまったのである。いずれにしても、そのデビューはラッキーだったわけですが、この時、松竹が三國につけたプロフィールは、

「大阪大工学部卒業の経歴の持ち主で、特技は水泳と柔道。とくに水泳は学生チャンピオン。その堂々たる体格と国際的スタイルに合わせて、知性美を持つ有望な新人スター」
              (『生きざま死にざま』三國連太郎、KKロングセラーズ)


 というもの。もちろんこれもこの前半部分が真っ赤なウソ。大阪大卒業どころか、中学を中退して家出して警察に連れ戻され、兵役を拒否して大陸(中国)に渡り、放浪するもそこで兵隊に取られ、戦場で九死に一生を得る、といった具合に、三國は無頼と波瀾の青春期を過ごしている。銀座をブラついていたのは、復員して食い詰めていたからであった。
〝水泳の学生チャンピオン〟などというのは、映画会社が新人を少しでもよく見せようとして盛った捏造であり、『男優篇』にこの大学卒のデータはないが、「三国解説」の執筆者はこうした映画会社が出してくる資料を鵜呑みにして原稿を書いているハズだから、書き手を無碍に非難はできない。
 だがこのニセのプロフィール(履歴を捏造された事)に、若き三國は随分悩んだようだ。






 三國には、若い時から約束事や体制からはみ出そうとする自由人的な気ままさがあり、自分の思いつきや希望で行動を起こす。先に紹介した他社作品『戦国無頼』の出演などはまさにそれであり、この映画の製作中も何度か勝手に行方をくらまし(失踪)、その三國を巡って東宝と松竹の間で争奪戦が行われた。その経緯は、当時の東宝の宣伝マン・道江達夫『昭和芸能秘録 東宝宣伝マンの歩んだ道』に詳しい。

 ……東宝が三船敏郎の共演として、松竹へ正式に交渉したものの、松竹は三国がまだ演技研究生であり、松竹社員であることを理由に拒絶した。しかし、東宝は三国と松竹の間に正式契約がないことを確認して、三国個人に交渉を進め、三国も乗り気で、一月末、出演料(五十万円)の一部(二十万円)を受け取ったと報道されるに及び、三国をめぐる松竹、東宝の争奪戦がマスコミの大きな話題となった。三国は松竹の出演禁止を蹴って、『戦国無頼』一本にでたあと松竹へ戻るつもりで、二月十二日東宝と正式に出演契約。
 これに対して松竹は三国の解雇処分を決定。ここに至って三国はいったん松竹に詫びを入れ、東宝不出演を条件に解雇取り消しとなったあと、東宝へも契約破棄を申し入れ、この問題は白紙還元となった。この前後、二度に亘って三国連太郎は消息を絶った。東宝はあきらめなかった。とうとう彼の身柄を確保し、三月十三日に『戦国無頼』の撮影に参加させた。松竹は(昭和27年)三月十九日三国連太郎を正式に解雇した。


 ということだが、この前後、消息を絶った三國を巡って東宝は松竹が三國を隠したと疑い、松竹は東宝がどこかに匿っているとにらんで、密かに各地を探し回った。そして道江らは箱根に三國らしき男がいるのを突き止める。

そして三日目、三国連太郎らしき風体の男が、箱根湯本温泉の一乃湯という旅館に居るらしい、との情報が入ってきた。…(略)…。どうも向こうは松竹のそれらしい護衛がついていて、迂かつに手出しができぬ。仕方がないから、こちらも三国だとハッキリ判るまで見張っていることにしようと決まって、一乃湯旅館の真向かいの環水楼の二階に陣取った。…(略)…。
 ……田中友幸プロデューサーを先頭に、忠臣蔵の討ち入りさながら、表口の玄関と裏口の勝手側の二手に分かれて、一乃湯へと乗り込んだ。
 目指す二階の座敷の障子を開けるときは、敵の用心棒と一戦交えるのかと、捕物の本番並みに緊張した。…(略)…。
 なんのことはない三国連太郎ひとりが、本を読みながらのんびりと寝込んでいるばかりだった。護衛のひとっこ一人もいない。拍子ぬけしたのは、こっちであった。
「どうしたんですか、皆さん、おそろいで」
 三国はきょとんとした顔で、ケロリとした調子で言った。
 結局、三国は東宝、松竹両社の間に入って、どうしてよいか判らなくなってしまい、ひとり飄然と旅に出てしまったのであった。
       (以上、『昭和芸能秘録 東宝宣伝マンの歩んだ道』道江達夫、中公文庫)
 

 〝どうしたんですか、皆さん、おそろいで〟もないもんだが、ところがこんな騒動の末に東宝入りしたにも拘わらず、俳優の菅井一郎が初監督する日活映画 『傷だらけの青春』 (昭和29=1954年)のオファーを受けるとそれに出るといってきかず、結局、東宝を出て日活へ。その後、日活もおん出てフリー宣言、当時盛んだった独立プロの世界に飛び込んでいく(戦後のレッドパージ〔共産主義者追放キャンペーン〕によって、メジャーの映画会社を追放された左翼的な映画監督やスタッフが独自にプロダクションを立ち上げ、映画を自主製作・公開する運動が、当時、盛んだった)。

 ここで三國は今井正、山本薩夫、今村昌平、吉村公三郎など気骨ある映画人と出会い、フリーの立場で出た東映では深作欣二、佐藤純彌ら、松竹系で大島渚、小林正樹、さらにここに日活時代すでにコラボしていた内田吐夢や 市川崑等の作品にも顔を出して、映画各社で活躍することになる。放送を始めたテレビにいち早く出演したのも三國であった。

 ジャズ野郎が〝なんて人だろう〟と嘆息した、そのワケはもうお判りでしょう。
 つまりこの五社協定の厳しい時代に、映画会社を勝手に移るという事を何度もしでかして、無事に済んだどころか、その行く先々で出た作品で独特の濃厚&濃密(クセがありすぎるとも、クサイとも揶揄されたが)の演技と存在感を示して名を挙げ、芸能界を干されもせずに生き延びた、その芸界渡りの凄さ、というか、居直りというか、居座り、というか、その姿勢に驚いてしまったのである。
 今でも、事務所に所属するタレントが、勝手に事務所を変えたり、事務所を通さないで仕事をすれば、あっさり干されて、それっきりである(先日のオセロ中島の場合しかり)。今よりも、当時の映画業界の方が、その掟を破った時のペナルティーは重いはずだと思うのだが、映画会社に楯突くこと複数回、それでもやはりメジャーの映画に出た(出られた)、ということは、もう三國連太郎がその演技力で映画監督や製作者に「アイツを是非、使いたい」と思わせたに相違ないからである。それだけの演技力と個性があった、という事になる。 〔続く〕







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